ハシジロキツツキを米国が絶滅認定、神のみぞ知る鳥と呼ばれる幻の鳥

かつて米国やキューバの森に生息していたハシジロキツツキ。
「神のみぞ知る鳥」と呼ばれ、十数年前には米国で大論争を引き起こした幻の鳥だが、このほどついに絶滅との判断が下された。
以降、確実な目撃情報がないまま数十年が経過し、ほとんどの鳥類学者はこの鳥が絶滅したと考えてきた。
今回リストから外れた生物には、オハイオ州の小川だけに生息していた小さな魚や、ハワイの熱帯雨林の鳥なども含まれている。
1944年以降、まともな目撃情報がなかったにもかかわらず、熱烈なバードウォッチャーたちはこの鳥がまだいるとの希望を捨てることなく、テキサス州からフロリダ州まで、南部の低地をひたすら探してきた。
大きな転機が訪れたのは2005年のこと。
この驚くべき再発見は、すぐに「今世紀を代表する自然保護の物語」と呼ばれるようになった。
この奇跡のような出来事を、人類による破壊から回復できるという希望の物語として受け止めたのだ。
ハシジロキツツキが生息するには、大きな木(特に大きな木(特に大きな木(特に大きな枯れ木)が豊富にある広大な原生林が必要であることを、歴史的な記録は示している。
そもそも、ハシジロキツツキはそれまで60年間どこにいたのだろうか? なぜ、この鳥の確実な目撃情報や写真、映像は一度も出てこなかったのか? 復活を信じる人々の中から、信じるに値する答えが出てくることはなかった。
私の自宅から約100キロのところで「失われた種」が見つかったことを喜んでいるかとの問いに、私はこう答えた。
ここにハシジロキツツキはいないよ。
間もなく、私はナショナルジオグラフィック誌にハシジロキツツキについての記事を書くことになった。
2004年には、リトルロックで開催された秘密の会議に招待された。
ナショナルジオグラフィック誌の仕事が決まると、科学者、政府関係者、ボランティアの捜索者、鳥類同定の専門家など、議論の両サイドにいる何十人もの人にインタビューを行った。
生存を信じている人と懐疑論者の対立は激化していった。
カウフマン氏は最高に良い人なのだが、この自らの判断によって、懐疑論者になるとはどういうことを意味するのかを、すぐさま知ることとなった。
「この喜びに満ちた出来事に疑問を抱くなんてと」。
やはり鳥類同定の権威で、カウフマン氏と同じく鳥類のフィールドガイドを執筆しているデビッド・シブリー氏は、最初は興味を持ったものの、すぐに「証拠を見直すと、いかに証拠が少ないかがわかった」という。
うまいやり方はないですねと私に語った。
科学雑誌や自然誌での言葉の争いは険悪なものになっていた。
いったんある立場を採った人というのは、それを再考する謙虚さを持ち合わせていないことが多いものだ。
当然かもしれないが、彼はハシジロキツツキの信奉者だった。
1枚の、完璧な写真があればいいのだ。
私は彼の献身的な努力に尊敬の念を抱いたが、信念には共感できなかった。
サートレイ氏は次の営巣期まで仕事ができるように1年延期してほしいと申し出たが、結局は編集部の意見が通り、記事は捜索の様子とその舞台をとらえた写真とともに掲載された。
最大の懐疑論者は、捜索の舞台となった土地を管理するホワイト・リバー国立野生生物保護区の一部のスタッフだった。
それなのに、外部の専門家から、自分たちの森に生息する非常に大きくて騒々しい鳥を見つけられなかったと言われたのだ。
しかし、魚類野生生物局が再発見を正式に支持し、公式発表の祝賀の場にも参加した以上、彼らもその見解に従わざるを得なかった。
ついには魚類野生生物局が、ハシジロキツツキは絶滅したと公式に認めた。
それどころか、同局のプレスリリースでは、最後に目撃されたのは1944年のこととなっている。
これで、多くの人が、一連の騒動は実に無駄な空騒ぎだったと主張し始めることだろう。
ハシジロキツツキの絶滅は私たちに何かを教えてくれるかもしれない。
単一の種に焦点を当てるのではなく、生態系全体を保護するということだ。
しかし、その川を取り巻く大きな生態系を守ることで、魚だけでなく他の多くの種の生息地も守ることができる。
木材会社が工場を稼働させるスピードに合わせて米国南部の原生林が伐採されていた20世紀初頭にかけての米国の発展の中で、ハシジロキツツキの行く末は恐らくすでに絶望的だった。

参照元:https://news.yahoo.co.jp/articles/4b790bdcc811216976b4782d036c99e1caa83e84