【超能力】第三の眼の開く方法について議論してみないか【オカルト】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/08(金) 18:00:50ID: /eFcDGDE.net
今日第三の目を開こうと集中していたら額のくぼみあたりがじんじんして出っ張る感じがしたんだ。
そのまま5分くらいでぜんぜん開かないまま集中が切れてしまった。
それが開く予兆だと聞いていたのだがもしかして他にも何か開くコツとかいるのか?
5 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/09(土) 01:19:33ID: zVhEVdFR.net
第3の目って……

邪眼か??
ID: CUXeSCya.net

邪眼じゃない。
なんかあれだ、アジナーチャクラとかサードアイとか呼ばれてるアレだ。
7 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/09(土) 14:14:29ID: PXGDHxkw.net
イボではないのか〜♪
ID: CUXeSCya.net

感覚だけ。あとで鏡で確かめたから間違いない。
11 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/09(土) 20:34:46ID: PXGDHxkw.net
別に疑っているわけではないぞ
頭が二つある人間も居るのだから何があっても不思議ではない
集中してその第三の目が開いたら如何するつもりなのか?
ID: 4c03nNad.net

どうするか。

難しい質問だな。使い道とかはその時と状況にもよるわけだし。
そもそも、第三の目は人によって色々と違う見たいだし、自分が下のどれに当てはまるのかあるいはそれ以外のものなのかも開いていない今、まだわからないわけだしな。

見た人の過去・未来(そこまで昔とか未来とかは見えないらしい)が見える
遠いところのものが見える。(すごいのだと地球の裏側まで見えるとか見えないとか)
オーラや霊が見える。(結構聞く)
見た相手の考えていることがなんとなくわかる。
14 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/09(土) 22:00:30ID: sND27aQT.net
第三の目の開き方

第一段階

両掌を熱くなるまでこすり合わせ、わずかに離して向かいあわせる。
そのままゆっくりと動かし、両掌の間に強い圧力や引っ張りあう力を感じるようになったら次へ。

第二段階

目を閉じて両掌を額を包み込むように置く。
第三の目の位置に強い圧力感や何かが這って入ってくるような感じになったら次へ

第三段階

第三の目に意識を集める。
第三の目を中心に、渦を巻くような力を感じるようになったら、その力に意識を集めさらに強める。

ここまでできれば、後は覚醒した第三の目で自らを見つめれば、次に何をすべきか見えてくるはず。
ID: 4c03nNad.net

ありがとう。
17 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/10(日) 01:35:50ID: WBcv8nrv.net
所で脳にいく血液がサイダーのように感じる事があるが体に異常が
起きてるのかな?
親戚に何人か脳卒中で逝ったのがいるので幾らか気になるのだが
ID: HRwxfHH7.net

それは…わからないな。

脳卒中の危険性を感じたら病院言った方がいいと思うよ。なってからじゃ遅いし。
20 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/10(日) 02:26:49ID: DPOhWwYw.net
昭和の昔は額や眉間が骨格的に引っ込んでるのは
年寄りくらいなものだった。
最近は若くても引っ込んでる人を普通に見かける。
そのうち、南米の遺跡の骸骨のように、眉間の骨に穴が開いてくるんだろう。
雑誌では、古代の医療技術で骨に穴を開けて手術した後とあったが、
もともと開いていたのかもしれない。
25 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/10(日) 15:20:28ID: O4L7zAqx.net
一説では第三の目を開くということは、悪魔サタンとの契約を結ぶということであるというものがある。
普通、霊やオーラなどは生まれたときに与えられた人にしか使えないものだろう。
それを自ら開発して、その世界に足を踏み入れるということははかなりの代償が必要とされるはずだ。
なるべくしない方がよさそうだ。
27 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/10(日) 18:35:52ID: AiNBDPZ0.net
>>24
うん、第三の目=心眼ってかいてあったし、心眼の話ということですね。
ID: WBcv8nrv.net

それなら別に額がうずかなくても可能ではないかな
経験言い換えれば筋肉増強と同じで脳も何度も使う事により
鍛えられる
使わなければ衰える
31 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/11(月) 02:11:16ID: xPga2QQs.net
チャネるときにムズムズするけど、
常時開いてる状態になるのが目的?
おいらも開きたいっす
32 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/11(月) 09:22:19ID: JJHjR1Oe.net
>>32
何処を見ても「開く」とかいてあるだけで具体的なことはかいてないからわからないんだよなぁ・
33 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/11(月) 10:50:56ID: nIvoX0no.net
俺なりの第三の眼の効果の叙述。
PC詳しくないとわからないかもしれない比喩で。
普段の意識や思考がCPUとメモリのアクセスで、メモリがDDR2 500Mhz CL8の速さで行われているとすると
眼を開いて行うときは、DDR2 1200Mhz CL2位までは高速化するので、もはや体感速度の違いから
思考を行ったとは考えられず、瞬時に知った、しかも確証の感覚あり、という感じ。適当な話だが。
35 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/11(月) 17:20:48ID: 9prGX0fU.net
3D見るときの感覚で、両眼を解放すると、額に清涼感がする。
どこを見るともなしに、心地よさを体感する。

同時にナンソ観のように体中の毛穴を解放する。
下半身が温泉につかったような温感を感じるようにする。

これ仙道瞑想の極意
41 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/12(火) 22:38:36ID: ValHUEFG.net
器ができあがる前に開くわけがない。
チャクラを開くには精神を成長させるんだな。
無理に開かなくても、精神が成長すれば
自然と開くんだよ。

精神が成長する→むずむずの感覚ができる
さらに精神が成長する→むずむず長時間維持可能
精神がもっと成長する→開いたり閉じたりするのをコントロール
           できるようになる。
また、眼が悪い人は第6チャクラも悪い可能性がある。
第6チャクラは主に目と関係しているチャクラだ。
ここで言う眼が悪いと言ってもたんに視力が悪いというものでもない。

例えば、なにか行う事に対して、この先どういう結果になるかが
はっきり見えるとか、ある悪くなっている状況に対して、原因は
ここに見えるとか。こういったものも見えるか見えないかという
事で関係している。3次元的事柄がろくに見えない内に、4次元や
5次元の事柄を見るということは非常に難しいと言える。
そういうものが見えてくると自然と視力なんかもよくなったり
するね。
ID: V/uQy/Wg.net

チャクラってさ、下から順に開いていって、
普通3番目までは開きやすいけど、ハートのチャクラがなかなか開かないって聞いた。

書いてる「無理に開かなくても精神が成長すれば」に同意で、
器が出来上がる前って、上記のことかなって思ったんだけど、どーかな。
(もちろん精神が成長するのにきっかけやら気づきやらいろいろも)
開くことだけ目的にするのはなんだか??でつ。
42 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/13(水) 15:01:51ID: fQ6h7wBC.net
天眼と第三の眼っていっしょ?
天眼通できますけど
むずかしくてかなり精神集中しないとできないけど
45 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/14(木) 16:52:54ID: 2JEZgvu9.net
天眼石っていうパワーストーンがあるのを知ってるかな?白黒のシマ模様だ
49 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/02/22(金) 15:39:29ID: QgNrFJ4k.net
第三の目とか全くわからないけど、
もやが晴れた瞬間全ての悩みの答えが解るって体験わかる人居る?
ちなみに悩みがわかると言うか答えそのものがあるというか
瞬間で全てがわかるって感じかな?
その瞬間が過ぎるとそのとき解ったことも一緒に流れてって
後に残るのは今凄いことがわかった!けど忘れた・・・
見た夢を忘れちゃった感覚に近い気がする。
57 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/04/28(月) 05:08:43ID: MGgQqrgm.net
私も多少、第三の目が開発されているのかも。
経緯
1.生後直ぐ生死を彷徨い、10人の方から輸血を受け生きる(関係しているかどうか分からないが)
2.剣道で、瞑想や集中することを教えられる。
3.近所のお婆さんが亡くなった時、その家から飛んで行く光を見る。
4.空をゆっくり飛んで行く赤い球状の物を集団で目撃する。
5.式典の際、話している人を見ることに集中すると、その人物以外の周りの風景が消え去り、オーラの様なものが見え始める。
6.剣道で相手の打ってくる瞬間(直前)を察知出来るようになり、急に強くなる。
7.高校の頃、毎日1時間ほどの瞑想を始め、1週間くらい経った時、瞑想中に真っ暗闇から少し光が見え始めそれが大きくなり吸い込まれそうで怖くなり中止
8.交通事故に会い、その時の光景がスローモーションで流れる
9.大学に入った頃から、たまに霊を目撃するようになる。見た瞬間から体調を崩すので、除霊を教えてもらう。
10.福岡の大地震の前、空をふと眺め、あっ!あれは地震雲や、西の方角で数日内に地震あるな…と悟る
11.少し簡単な予知が出来るようになる。
・ジャンケンの勝ち抜きは異常に強い。数百人規模のジャンケン勝抜きイベントに過去3回参加し、全て決勝進出、2回優勝。
・上記ジャンケンの1回(参加者500人)は、ゲーム開始前に、知り合いに、「やばい!前で特賞の革ジャン着て挨拶せなあかんなる!嫌やな…」と話す。始まる直前にスピーチしている自分が見えた。
・お祭とかで、娘に頼まれくじ引きすると、願われた賞品を引き当ててしまう(くじを触れば分かる、確率80%くらい、特賞でも当てるし、そのくじ入れてないと、入れてないことが分かる)
・欲が出ない子供とのゲームだと、ルーレットの番号を高確率で当てたり、次のビー玉がどう動くか先に言い当ててしまい不思議がられる。
・前回のドリームジャンボは「あの売り場で今日くらいに買えば当たるな」と予感。私の買った連番の違いから察すると売り場と日時はやはり当たってた見たい。
※数千番違い、全部手で触らせてくれるなら当てれる気がしたけど…させてくれないもんな・・・残念
ID: qv3qfRkw.net
数年前、青白い指がおれの額の真ん中を爪でぐりぐりこする夢を見た
その爪には、梵字のような見たことのない字が書いてあった
で、目を覚ましたら、額の真ん中がすごく痛かった

翌晩、また同じ夢を見た
なんと、その不気味な指の持ち主は、透けるように真っ白な女だった
が、あまりにも額が痛いんで、あっちいけと叫んだら、コーンとか叫んで白い狐になってどっかに行ってしまった
あれ以来、ああいう夢は見てないが、その第三の目とやらが開く話とつながるのかな
そういえば、時々額が変にビリビリすることはある
冬になると、よく静電気を放出する体質だからか?

ちなみに、どうでもいいときに、自分とは関係ないような世界の話を予知夢として見たりはする
氏のように、幽霊が見えたり、オーラが見えたりということはない
62 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/05/26(月) 04:23:43ID: aMfWx6Rb.net
半開きの子ならいるよ。
生まれた時からだから何かして開かせたわけじゃないけど
63 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/05/26(月) 08:15:58ID: C/n2L881.net
心眼がほしいなら、知識を捨てろ。理解することをすてろ。
完全に捨てられたときに、自然に悟れる。
それは偶然ではなく、必然である。
記憶を捨てるわけではなく、知識として捉えることを捨てること
物事の有り様をイメージのまま、何かを意識せず半意識の状態で
感じるだけ、これが心眼というもの。

情報を見えすぎる脳は、知識を見る力に依存する能力が高いからだ
心眼は知識を知る能力ではなく、知識というフィルターがない
曇り無き眼で見る世界だ、それは客観的なものではなく、主観的に
依存するイメージの世界であり、妄想や冥想でしか得られない力で
あるわけ、知識で攻めても幻想や空想、誇張されて事実上の捏造に
しか得られない。知識とは識別することで見えない意味を客観的
意味へ固定し、閉じ込める作業にすぎないからだ。
ID: AvRGITQx.net

とても意味が深そう
穢れなき愚者って感じかな
ID: ry4Lizk6.net

それは瞳術というやつで、日本古来から普通にあるやつ。
おまえが知らないだけ。

オカルト的を科学的仕組みで語れば、
錯覚などのトリック的な幻術系と、環境の仕組みを読み取り
微調整する何もせずとも結果がそうなってしまう。自然淘汰による
偶然を必然にする誘導とかの話になる。
両方とも戦略の方法という概念にもなりえる。
問題は、理屈という知識にフィルターや常識というフィルターが人間には
存在するために、超えられない壁ができてしまう。
これのフィルターを取っ払い、真の眼で見通す、心の眼で見る能力である。
俗世を経験するほど、フィルターは濁ってしまう。
見えすぎるとは、知識を知りすぎていること、
知識があればあるほど、もっとも妥当な知識へ心が見るイメージが誘導
されてしまうこと。全て(結果)を捨てた覚悟がなければ、曇りなき
眼を手に入れることはできない。
何かを目的にするなら、目的をまず捨てよ、さすれば目的への純粋なる眼
を与え様。当事者ほど目的を歪めて見る、つまり常に部外者になれる
心が必要なわけだ。神の目の視点で物事を見る能力ともいえる。
森羅万象すべてを見通せば、未来も分かるし、起こりえることを自由に
誘導すらできることになる、神のみが持つ超能力になりえる。
何かの能力がほしいなら、その能力に匹敵する何かを捧げよ。
その捧げたものが命ならば、神に匹敵する何かを与えん。
命ぎりぎりまで、追い詰められたものがとんでもない発想で
能力を発動することがこの意味になりえる。常人の眼では雲ってみれない。
ID: l79Jj5S9.net
超古代人の知をもたらす人(知識人=呪術師)は普通にできていたことなんだろね。
形而上(神秘的な現象)を感じ取り、形而下(記号意味論)に読み解きそれを
他の部族や家族へ渡す。

この方法は古来から麻薬などを使ったトランス状態や、生死に関係する
特別な儀式で実現していたんだろうな。
68 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/06/08(日) 23:43:17ID: 6kIkwFVy.net
第三の目は意識で捉えるものではないです、深い底に存在する何かであり
それは表にでてこない何かでもある。目が見えすぎる、理解する能力が
高い、これは第三の目で見ることには妨害そのものでしかない。
何にも知識がなく、目すらみえない原始の人なら、第三の目を開眼するのは
容易なことである。
こころが見えるもの、そして理解できるものに捕らわれすぎるからだ。
現代の知識人でそこへ達するには2つの方法ぐらいしかない。それは眠ること
もう一つは瞑想をすること、意識を極限に薄め無我の境地になることが
それで実現できる。つまり自分と他の区別が曖昧になる次元の状態をいう
それは意識下で得られるものではなく、無意識上で得られるものである。
大脳を捨てよ、さすれば与えん。そういうものだ。
まず煩悩で求めすぎる状態からではたどり着けないことを悟るべきだ。
69 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/06/09(月) 01:38:16ID: VTXq+kYn.net
ものごごろついた頃から開いてました。みけんのムズムズが
うっとうしいくらいに。でも10年前に閉じてしまったようです。
感受性、勘が鋭すぎ、鬱病になったのですが、このときの治療薬で
閉じたのだとおもわれます・・ある種の欠落感というか、鈍感になった気がします。
修行云々じゃなしに、天然の場合もあるのではないでしょうか。
ID: vhUuH/nq.net

普通の能力が欠如している=特殊な能力があるということだ。
これを単にダメダメ人間だとおもって前に進まない奴が多い。

自分の個性や特徴を生かすことを考えろ。
何か他人と違う能力があるとすれば、それは他に比べて劣勢の能力でもある。
74 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/06/12(木) 17:39:59ID: h2yReYx/.net
何も足さない、何も引かない。
普通になろうと努力してなれないことをすれば、どこかにしわ寄せがくるよ
気をつけたほうがいい、素の特性が当てはまる環境を作りだすことを
考え、自分が普通にいるべきであり、自分を合わせるのではなく、
周りからあわせてもらえる努力をするべき。
世の中に公平などないから、自分が損して、周りに影響してもらえる
それでいいんじゃない?
87 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/07/10(木) 16:33:17ID: g6ENnjPk.net
コスモ(小宇宙)を感じた?
フォースを感じた?


第三の眼は、曇り無き心の眼。
それは知識や常識に捉えられない本質を見抜く眼。

第三の眼で見たそれは、意味へ昇華しない、意味へ昇華された時点で
それは第三の眼で見たものではなくなる。
見えたのではなく、それに何かを足せば、どうなるか?
それが重要なのである。

見えないものを見る眼が第三の眼であるからで、第三の眼が開いたという
ことは、アヤカシや、妖怪、霊、魂、神、妖精、などの現象を感じ取る
ことができるという意味になる。

見えすぎる両目が持つ2つの視界がもたらす知識、客観性こそが
第三の眼を曇らせる壁であるのは明らかだろう。

社会人としてなら、客観性と主観性の両方の眼を同じに持つ
切り替えて持つ、そういうことができなければ持ったことになりえない。

幻想が見えて更に正常でいられる能力を両立させるのは難しい。

君らは幻が無意味だから考える必要がないと定義するだろう、
それは無意味に意味を見出せないからだ、感じ取るとは無意味な何かを
ランダムパターンのようなものから感じ取る能力であり、
インスピレーションのことだ、

人の脳は論理的なものを最優先に選び、非論理的な物を区別して、
切り捨てる仕組みが存在する。
それは好き嫌いという選択と同じであり、理解できないものを選択せず
理解しやすいから選択してしまうという話でもある。

オカルトはこの理解できないものを選択した人が集う場所であり、
全てが理解できると考える、全てが見え触れる現実だと思う君が
それを見出すことはできる訳がない。

第三の眼は見えないものを見る力である。それは超能力でもある。
94 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/10/06(月) 15:36:10ID: GMyR2J0r.net
空読める目、それは間(魔)を読む目。

魔眼である。それは形(実像)を見る眼ではなく、混沌の中から秩序を
見出す目である。

バカにはわからないけどな。
99 :名無しさん@お腹いっぱい。2008/10/30(木) 23:07:38ID: NpkYPqVh.net
霊能者に第三の目が常に開きかけてる状態と言われた
開くと良い事あったりする?
たまに額がじんわり痺れたみたいな感覚になるんだがそのせいなのかな
105 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/01/26(月) 19:30:56ID: I+R6h4Pi.net
第三の目は去年の12月に開眼したよ。
その時印象深かったことは頭の後ろの方に光があったこと
後光みたい
120 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/02/17(火) 22:00:15ID: eXmQCAC9.net
第三の目のチャクラって眉間?眉間より上?額の真ん中?
諸説あり過ぎてわからんぞ。
やはり本場インドとかネパールとかの資料がまとも?よう分からんが。

でもこのあたり微妙ーに窪んでるんだが。

今指で触ってるんだが何かやっぱり窪んでる。
どこかにぶつけた訳じゃないのに何でだろ
ちなみに自分はかなり電波な人
視える聴こえる臭う、何かもう何でもありだが金縛りにあったこと一度も無い
頭の中に突然人間とか動物とか気のせいみたいな光とか浮かぶし
目を閉じたら、光の残像みたいに全然知らん場所が瞼の裏に浮かぶんだよ。
頭の後ろにも目がある感じかな イメージだけど

いらん香具師霊(?)はどっかぶっ飛ばしてるし気兼ねなくていいけど
やっぱ昔生きてて感情持ってて、今もそいつらの感情だけ残っとると思うとやっぱりむやみに出来ん
121 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/02/17(火) 22:38:14ID: FSdvKfTu.net
チャクラが機能するホルモンならば、その辺りだろう。
大脳皮質の中枢で意味を扱う部分を活性化する為のもの。

光があるのではなく、錯覚だよ。錯覚=現実。
この意味が理解できないのなら、錯覚=幻で妄想だから
意味不明と考えるだろう、幻でも妄想でも錯覚でも
それに意味があるということに気が付けば、第三の目の意味も
理解できるだろう。
文献ばかりの知識では表面的なものしか与えてくれない。
渦中にないものが外側から、その渦中を知ることはできない。

感じることができるなら、それを日常化し、強め、日常生活と区別し
客観的な日常の目と、第三の目で見える領域を両方得ることに勤める
べきだろう。
同じことは少なくても1万回の域に達しなければ、その次の段階を
見ることはできない。次元が高くなるほど達するのは困難です。
未然の潜象を幻想として緻密に認知できる知覚があるなら、
その力が次の段階でどのように作用するかも学べるはずです。
それは目の前にある、物事の捉え方、在り方の違いを認知する
だけの問題で、大人になるほど妄想、幻想の類は論理の意味知覚に
支配され見えなくなります。
この妄想、幻想の類で見る世界にも物事の関係や存在や過去未来が
ある別の捉え方の世界にすぎません。
貴方の心がこれを否定するなら、二度とかかわらなければいいだけ、
その世界は意味がないと判断するのが現代科学の範囲です。
意味論ではなく、非意味の非論理の領域にある世界ですが、
この世の仕組みと連動し、その仕組みからも世界は機能しているのです、
混沌とした科学では計れない社会現象などはこの原理で機能していると
いうことです。世界経済や風評で動くような現実、生き物のように
動くマクロ的な存在のことです。
122 :名無しさん@お腹いっぱい。 2009/02/17(火) 23:06:33ID: eXmQCAC9.net
そう
はっきり言って錯覚のような感じ
だから成人してだいぶん経っても「妄想消し」やってた。
意識が伝わる錯覚も結構あったし 声はボーっとしてるときにハッキリ「聞こえる」・・・内部から。
相当の妄想屋さんだと思ってたから 
見えたこと恐る恐る相手に言ったら何で分かるのってよくビックリされる。
因みに言うのは知り合い限定 見たって今日の服装はどんなだと言う感覚。

霊道とか見たりするけど、後からその地域の歴史見てったら見事に裏付け取れたって事も何回かあった。
一番シャープに感じたのは今のとこ古墳とかあんなの
昔の人間の方が感覚強かったろうしパワースポット確保もやっぱり先着順・・・
古墳とか神社とかある場所がそうらしい 全部見てないんで知らない
ちなみにうちは聖徳太子所縁の土地で土地柄も古い
いろんな圧迫感とかあって不快な場所もあったりする。

一応妄想と現実の区別は付いてる
現実派だったけど元々オカルト好きだったしね 
でもオカルト情報に時たま嘘だろ?って思うのは避けてる 意識しない
やっぱり変?
ID: FSdvKfTu.net
私に言わせれば、妄想も現実、現実も妄想と同じ。
夢は現実。
それは世界の捉え方の違い、在り方の違いを自分との関係で表す
方法論の違いでしかないのです。
妄想はオカルトの領域に存在する形や論理に対照的に存在するもの。
すべてのオカルトは嘘ではないのです。すべて真実。
で現実と違うけど貴方は間違っている、といわれれば。
それは現実的な客観論でいえば、それは間違いない真実です。

オカルトは主体的な物事の捉え方であって、客観的なそれとは違います。
故に妄想であっても真実なのです。客観的な立場からみればデタラメですが
オカルトてきな主観的立場からみれば、現実も妄想と同じなのです。

物事の現象の表の部分を見るのが客観論になります。
私が言うオカルトとは現象の表ではなく、現象へ至る前の未然
すなわり潜象状態でまだ起こるまえの未然の状態の可能性を
オカルトとして扱うのです。それは未完成で、まだ現実になって
いない、つまり幻想や妄想でしかない。それを確定して表現すれば
デタラメや嘘や、トンデモと化すわけです。
オカルト的なことを現実視するほうが、オカルト的な立場では
デタラメに過ぎません。
それは妄想の類なのであり、ものに潜む秩序の流れる過程を
認知する方法に過ぎません。
オカルトはもともと、見えないもの、捉えられないものを対象とします
それは秘めるもの隠れるもの、如何様にでも変化しえるもの。
そうういモヤモヤした触りようのない特定できない存在なのです
故に霊的な存在でしかないのです。
それを意味化、つまり客観的な言葉で伝えれば、具現化したそれは
現実ではないので幻想となり、嘘、トンデモ、インチキと解釈
されるだけにすぎないのです。
現実で生きている人には、この霊的な存在=潜象、未然を捉える
技術や能力がないのです。それは体感し、その不安定さを渦中において
認知するしか方法はありません。
ID: UrCoNM1n.net
貴方が求めるオカルトは趣味的、儀式的、学術的な形式かもしれませんが。
私が求めるオカルトは、形そのものがありません。
つまり知識も意味も形式もまったく関係ありません。
第三の眼で見るものは、渦中の中で我を沈め、我がいなくなれば
渦中その実態そのものを中心として感じることができる。
それは心が感じてくれるもの感じるものが潜む力、存在はそれの本質
そのものなので存在は世界全てとの関係において、相性と関係を築く
ことで、渦中での存在を自分の体験や知識を足すこともなく引くこともなく
それ自身となりきり存在の特徴と本質を受け取るのが第三の眼を開眼する
ということになります。
個の存在が確定すれば、それと外界は相性によって自然の摂理に従います。
これは世界の真理そのものであります。
この渦中の中心になりきる精度と自我を捨てる力の度合い、世界そのものの
動きをしることで未来を予測し、行動も予測できるということになります。
これは物事の存在の個に宿る魂を理解し、世界の法則を理解するという
ことです。知識としてではなく感覚で体感するということで意味では
受け取れない領域での理解となります。
故に主観的なものでしかないのです。
124 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/02/17(火) 23:46:33ID: FSdvKfTu.net
オカルトの本質を探究しているものです。
それは科学では扱えないものの真理。

オカルトの在り方の世界と、科学の在り方の世界の両方を同時に
認知する主体的な感覚に依存するものと、客観的な意味と論理に依存
するものを両立させるための道を歩んでいるものです。

私の探求は魂の存在とは何か、それを受け入れるということから
始まるものです。見えないもの、触れないものを信じる。
ただ信じるのではなく、何故それが存在するかを深く納得できるかという
点を極めるということです。
128 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/03/15(日) 03:36:31ID: bT6TKcrQ.net
受け入れることで宇宙はその拡がりと奥行きを増すのか…
今の限界が少し見えたよ。
129 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/03/19(木) 01:05:51ID: p46eD6hc.net
意味を欲している状況では、第三の目の力は得られないとおもう。
それが、このスレでいう第三の目かは分からないけどね。

意味にならないことを、そのまま足さず引かず、理解できないまま
受け入れる、そこが出発点であると思う。

ほとんどの人が超えられないのは、意味の壁、無意味の中で漂い、そにに
何かを見出す過程で何かを得たことが無いと思う。
無意味ならやるだけ無意味。論理的な思考をするのは常識であり。
論理的に無駄、意味不明、そんな領域に1歩入る。これが簡単なようで
できないんですよ。無意味な領域にある意味へ至る何かを見つけたときに
初めて無意味の力を理解できる。それは体感でしか学べない、言葉では
説明できない。それが潜象、未然、神秘とか呼ぶ何かです。
130 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/03/20(金) 01:50:19ID: 1oQdJaPU.net
混沌の中に秩序を見出す。これが第三の目の使い方だ。
それは、理屈ではない、論理でもない。

学んでもそれは見えない、流れを感じること、流れのままで、
それを解釈してはならない。

それができないなら、なにもできないのと同じさ
131 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/03/20(金) 06:28:32ID: nI/qTXrg.net
第3の目なんて開こうとしない方が身の為でしょう
というより勝手に開いてくるので困っているのですが・・
クンダリニー覚醒してから4年目に入ったところ、額に瞼がある感覚が日に日に強くなり
それに伴いとてつもない現実感を伴ったビジョンが次から次へと噴出して
只々恐怖に慄くばかりです。
今は意識的に閉じるイメージで頑張っておりますが、これから先どうなることやら
まだまだわたくしには全てを受け入れる器はないようです。
ID: lvtpx+kN.net
>>131
自分で制御できない力は、魔物そのものです。
意識などは脳の中枢にすぎないわけなので、繰り返し制御し
意識を論理に集中する、それは論理性の高いものに意識を集中し
それを受け入れるということ。

さすれば、必然的にその行いの領域でしか認知も行動もできなくなるでしょう。
状況における必然性にすぎません。

>第3の目なんて開こうとしない方が身の為でしょう
変な能力の憧れを持つものが多いですが、制御できなければゴミ以下です。
優れた第3の目の力がある場合は、他者にその能力を制御してもらう以外
ありません、自分で高い状況を同時に維持するのは無理というものです。
貴方には憑き物がついた状態というのが正しいと思われます。
これらは異形の力であり、制御できても力を使うことは、その力の反動を
受けることに等しいでしょう。
132 :1312009/03/21(土) 20:12:56ID: BWMa/QOV.net
まだ大した時間は経っていませんが、何か心の中で氷解したように感じました
流れに逆らわず、全てを受け入れられるように思います
ありのまま、あるがままに

ありがとうございました。
136 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/03/29(日) 05:21:33ID: yVdB6n9V.net
力を得れば、何かが失われます、錬金術の等価交換ではありませんが。

力を得るとは、自身がその性質を変えるということ、

即ち力を得る前の貴方とは違うのです。

神の力、神秘の力とは、潜む可能性のことです。それは無限の可能性を
意味していることであり。その力を何かに集束させれば意味のある力へ
変化(性質を変える)することになります。

この潜む力は理論や科学の客観的な力ではない、主観的な力です。
それは、世界と自分の関係を感じ、自分を変える、そして世界を変える。
性質が変われば、その相互の全と一の関係が森羅万象の流れを動かし、
世界は相互に個は自己の性質を元に自己組織化という秩序を生み、
世界は相互に関わり合い相互に秩序を生み、その関係が輪を作り大きな系での
秩序として周り、流れはじめたとき、それが神秘の力(偶然が必然になる)
として生まれるのです。第三の目が開けば、その神秘が何かを感じることが
できるはずです、それは理解するのではなく感じること、見るのではなく
世界の秩序を受け入れること、秩序を歪ませていることを正すこと、
秩序を歪ませ阻害すること。それが第三の目が見ている世界の秩序です。
神の世界の知、それは人智の知でも理ではなく、森羅万象の理であります。

見たい人が見たものは、それは無意味そのものです、それを理解してから
霊界とか神の世界は何もないんです、それは可能性の未来でしかない、
物事の捉え方を超えた異次元(高次元)の世界ということです。

いえるのは、必ず戻ってくる為の方法を用意する、それなしで潜入する
誰もが超えられるわけでもない、嘆きの壁、鳥居の向こう、扉の向こうへ行く
ことができるからでは戻れなくなったときにその神秘の巡回の流れから
抜け出せずを考えるべきでしょう。誰か心の支え、最後に行き着くときに
帰る安定した心の聖地を用意しておくべきでしょう。
142 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/04/19(日) 16:52:30ID: p6Mnt+Zx.net
精神のバランス崩して生活崩壊するから
お奨めしない。
前を見てるのに同時に頭の裏の暗闇を見てるような
生きてるのか死んでるのかわからない非現実感に苛まれます。
感動という物が無くなります。過去の記憶が流失します。
失う物は大きいが、得る物は「空・無」です。
古今の宗教者だけでなく詩人などにも経験者が見られるので
探してみて。
164 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/04/27(月) 01:52:26ID: OC3uIhil.net
霊的なものも基本として、

論理で考えるのではなく、
体感、体験、経験、感覚で心が認知する類で分るものです。

それは、「共感」を主とする。「類似、接触、感染、相似、写像、共鳴」
そんな類で表せる世界の関係を分る為に人が自然に行ったものの類です。
ある物と物の意味が共感する、類似して伝わる。接触して伝わる。
感染して伝わる。相似として世界に生まれる、写像して世界に生まれる、
共鳴して。。。。
つまり何かの事が、別の似た何かとして存在するという基本法則があります。

霊的に見えるものは現実として、可能性という非確定的な秩序が存在している
ということです。これが世界に伝染(感染)したり、相互に伝えたり、生じたり
秘みている何か、それは生まれる前の可能性としての秩序法則がそこにあるのです。
故に。心は高次なそれを認知し、形に変換できず曖昧な現象や類似する何かの
もやもやしたものに移し変え幻想化することで人智へ及ぶ何かとして知覚できる
とうい原理であります。

それは科学的には嘘、デタラメかもしれませんが、現実であり、実際にそういう
主観的(本人だけ)の事実が現実にあるのは間違いないんです。
貴方が感じたのは物理現象として脳が知覚し具現化したという物理的な
事実もちゃんとあるのです。妄想は脳内電気信号としての事実としてあるのです。
妄想は全部嘘だと言うのは、直感がすべて嘘だと全否定するのと同じなのです。

法則性の秘めた何かを感で感じるものこそが、その心でしか得られない目でみる
霊的な世界のことです。
「可能性がある。だけどそんな可能性なんて科学できない、結果が出てから
説明しろ。」
これが科学万能主義が言う否定的な扱いだと思う。
脳は時に、科学を超えた激しく優秀なセンサーになるということです。
事象を越えて、論理を飛躍した先、つまり未来すら予測してしまうのが脳の
センサーというもの。外れる当たると明確な像だけで白黒するのが
現代の学問や科学知識、技術に汚染された人の考えであるということです。
165 :1522009/04/27(月) 21:25:10ID: KyL6ud8A.net
>>149
変容の内容は別スレにくわしく書いてあるのですね。
では、近々お邪魔して参考にさせて頂きたいと思います。
ありがとうございました。

>>150
どうしてもこうしたスピリチュアル的な話は
なかなか一般的に話づらい、相談しにくい内容ですので、
この場を借りて、自分の考え、経験をシェアできるのは
とても有意義なことですね。
>まあ、近頃のスピリチュアル系の本でよく言われていることですが、
>意識がクリアになって受け入れる用意ができれば
>周囲と共鳴しやすくなるのか?(その辺はよくわかりませんが)
小さな奇跡が周りからどんどん起こってくるようになります。

潜在意識の力で願いを叶える、というときの方法論で
瞑想して第三の目あたりに叶ったときの映像を視覚化する、
というものがありますね。
第三の目が覚醒して、何でも望みが叶うようになるというのは
この視覚化の能力が強化されるからなのでしょうか・・
それとも、第三の目が覚醒した時点で、そうした方法論は
すべて超えて、何でも願いが叶うのが当たり前、という境地に
なっていってしまうのでしょうか?
 私は幽体離脱に興味があり、高次の自己に情報を求めたところ、
ダスカロスの本を紹介されました。
そこでは、自分の空想がつくりだす異次元の世界ではなくて
霊的な本物の異次元を体験する幽体離脱をするためには、
まず意識を発達させることが不可欠、とありました。
時がくれば、自然なかたちでそれは起こると。
幽体離脱にせよ、覚醒にせよ、
意識を発達させること=浄化をさせることは
安全のために不可欠なことのように思いました。

>あと、感情の浄化やコントロールにフラワーエッセンスが大変役に立ったことを
>付け加えておきます(上位の存在に選ぶのを手伝って貰いました)
上位の存在は、当人に合った適切な方法を教えてくれますよね。
150さんは、どのような存在とつながっているのですか?
私は、普段コンタクトしているのはハイヤーセルフだけです。
一度だけ、瞑想しているときに天使のビジョンをみたことが
ありますが・・それが天使だったのか、天使の姿を借りた
ハイヤーセルフだったのかはよくわからないままです。
ID: 8DSZGYne.net
>>165
ダスカロス今ぐぐって初めて知りました。
エドガー・ケイシーくらいなら少し読んだことがありますが・・・
せっかくの力もこうして私心無く充分に使い切ることのできる人もいるのですね。
こういう方は内面が浄化されまくって
日々浄福感と、どんどん流れ込んでくる神秘情報の中で己の使命を信じながら
ちっぽけなこだわりなど無く(世を憂うような大きな悩みならありそうですが)
生きているのだろうなあと想像します。
個人的には「アカシックレコードによるイエスの伝記」なるものに興味を引かれましたが
どの本だかわかりませんでしたw

第三の目の話に戻りますが
>第三の目が覚醒して、何でも望みが叶うようになる
方法論の本にはこのような書き方をされているのでしょうか?
このスレの他の識者の方も言っておられますが
どうも誤解があるような、少なくとも自分の実感としてはそう思います。
第三の目が覚醒してしまうと、私的な望みなどほぼ抱かなくなると言っていいでしょう。
それでもあえてこうする必要がある、と言う時の意志の通りは確かに非常に良くなりますが。
言うならば目の前に一片の雲もないという感覚です。
雲は感情の雲です。
上のレスで過酷だなんだと脅したようなことを書いているのは
私的な望みを抱かなくなる=欲望の減衰ということでもありまして
男性の精力減退の超高速版というか、マリー・アントワネットが一晩で白髪になったのもかくや
と思うような恐怖と失望に陥る場合があるからです。プライドも叩きのめされます。
犠牲無く新しいツールだけを手に入れることはできません。
その後古い自分の抜け殻を守って周囲の圧力に耐えながら身を小さくして生きのびるか、
身を捨ててもっと大きな物(信仰?大義?)へ己を擲つか、
良き隣人・良き理解者となって市井に遊ぶか、
絶望した武士のように死に場所を求めて彷徨うか、
それは人それぞれですが・・・。

>私は幽体離脱に興味があり、高次の自己に情報を求めたところ、
>ダスカロスの本を紹介されました。
第三の目を開かず幽体離脱をすると自分がどこへ流れ出してしまってもわからない
と言う状態になりかねませんし、コントロールも効かなくなるでしょうから
この清らかで深い知識を持ったヒーラーの教えに沿って訓練するのは的確な助言でしょうね。
なぜそんなことに興味を持つのかな・・・と思わないでもありませんが
まあ行き着いてみないと何故なのかわからないこともありますね。

>私は、普段コンタクトしているのはハイヤーセルフだけです。
名前を聞いてみるとおもしろいかもしれないですね。
世に知られた名前なのか、まだ誰も知らないのか・・・。
知られた名前としたら誰なのか、守護神なのか、守護霊なのか、未来(高位?)の自分なのか・・・。

>150さんは、どのような存在とつながっているのですか?
自分は同様に聞いてみて名のある仏でしたが
さすがに胡散臭くなるので固有名詞は伏せておきます。
なんでもその仏の孫悟空における身外身のようなものらしいですが・・・。
そこで最近気づいたのはキリスト教も仏教も現れ方が違うとはいえ
英知の光によって人々の蒙を啓いて引き上げようとする働きには変わりがないということでした。
スレ違いですが。
186 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/05/03(日) 03:12:40ID: hVrUvKLs.net
第三の目で得た物は、物理世界では幻想や妄想にすぎない。
それを比喩ではなく、不用意に現実の何かと確定させれば、力となる
これは力を生じれば反作用としての力も受け入れることになりえる。

これは比喩で表す言葉ですら異形の力となる、曖昧なものを安易に現実へ
明確に結ぶのは危険である、曖昧なものは曖昧のままとするべき。
何故ならその異形の中にはとてつもなく強い力の秩序を秘めているものが
あるからである。森羅万象の理を感じ取り、それを利用するとは神の力を
利用することに等しい、神は潜み秘めるものであり兆して得るものである。
得るものがあれば、逆に失うものが必ずある、それは存在の性質が変われば
世界との相性が変わり新たな関係が必然として構築される。
そこまでの何かを知ることは困難であり、下手に存在の性質(自分の力)を
変えるべきではない。知の階段は積み上げ上るものであるが、感の階段は
崩れさり下る道でしかない。足場を固め岩の橋を叩いて渡るほどの状況を
生じさせて下らなければ、落ちたら最後で、もどることは無理だろう。
力や知を得るということは、その逆の性質を否定することになるわけで
それは今の全てを捨てる覚悟がなければ立ち入らないほうがいいはず。
扉を開けるには、それなりの背景がないものが空ければ、背景を要求され
引き込まれるという話でしかない。(※性質が変わるということ)
この世界は意味の世界ではない下手に入れば意味を持ってゆかれる。
241 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/09/05(土) 02:10:39ID: uTE9fjzl.net
第3の目が開くっていうのは単に開眼するだけ、物事の建前や上辺ではなく
見えない奥にある存在を感じる目を持つ覚悟のこと。
覚悟=悟りの心境を心に受け入れること、

それは欲や理屈や論理というフィルターがあるかぎり到達できない。
考えれば分かるってものでも理解できることでもない。
教えて伝わるものでもない、体験して感じて初めてそのような世界が
あることを悟れる、これが初めの1歩でその世界の理は、まったく違う
世界だと納得することができるはず。
242 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/09/05(土) 14:09:38ID: HY+EqmN4.net
うっかりお尻に開いてしまっても欲しいか?
243 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/09/11(金) 19:04:24ID: LlBY54B1.net
ただし魔法は尻から出る
ですね
252 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/15(木) 23:13:24ID: Y4/VWNZ+.net
何回も額に意識を集中して瞑想してたら、集中していたところにニキビができてしまった。
これは何かの前兆なのか
253 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/16(金) 01:51:48ID: 0cyU7O5N.net
恋のはじまりです。
256 :主観的な論理だってあるんだ。2009/11/14(土) 21:03:38ID: 2AklLHX3.net
見えないものは見えない。これが理、
その理屈から外れることは絶対にありえない。

んなことも理解できないほと落ちぶれた奴が変に第三の眼とか想像するんだよ。

それは見えないものを見る目。つまり、「見えてはいけない」ものを見る目。
この世ではないものを見る目。世界の中にある現象を見る目ではない。

だから見ようとして見ても、見れるわけが無い。理解しようとするから
見れない、もっとはっきり言おうか?

妄想とか幻想、幻覚、錯覚、妙象、そういう非現実の類を見る目である。
この言葉を聴いて、こいつ馬鹿にしているとか思った奴が多いかもしれん。
頭が弱いんだよ、その先を見ろって言っているんだ。
幻覚とか妄想というのは、想像→創造→未来の現実と変化する。
つまり今現実ではなくても現実となる。

人はこの見えないものを見る目を持っているが、それを操ることや
その意味を理解しようとする為に、本質を感じ悟り得ることを無意識で
拒否している。超古代に失われた超能力の類である。
261 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/09(水) 11:26:38ID: yjWDbBor.net
何かを悟り。すべては悟れない。
神仏にならないかぎる。
262 :名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/12(土) 04:59:19ID: 2u/Vz7jO.net
深淵な話されてるところ申し訳ないのですが、願望実現のために
祈っていたら、眉間がいきなりむずむずしだしました。
今までそんなことなかったのでちょっとびっくりです。
祈り始めて今で2週間目かな。
大体朝晩…休みは昼夜逆転しているので1日2回5分以上祈ってます。

気になってぐぐってみたらこのスレを見つけました。
今までにも眉間がむずむずすることは何度かあったんだけど
電車乗ってる時とか、ボーっとしている時でした。
祈りの最中という意味ありげなシチュエーションは今回が初めてです。
良い兆候だといいのですが。
ID: CxtKbpVX.net
死ねば助かるのに、
壁を超えるのは、ブレーキを踏むのではない、アクセル全開にすること。

兆候などない、心の壁を超えること、異界の門を開くこと。
一回超えればあとは楽である。
体験してしまえば、なんだこれというどうでもいいことでもある。

意味や論理や理屈、知識の壁がそこにある。
願望とは未来のこと、貴方が望んでいるのは未だ確定しない未来。
故に実現するとは現在の原因を知り、未来を望み、そこに合う
流れを幻想し、流れへ進む「然」を生み出すだけ。
それは作り出すことではない、故に理屈などない。形式も方法もない。
感じ取って未来とは何かという本質を素のまま受け入れるだけだ。
理屈や知識、本でや教えで学べるならば、学校で習えるってことさ。
この領域のものは、不確定、つまりこの世ではない。
272 :名無しさん@お腹いっぱい。2010/03/05(金) 01:12:17ID: gtYIHf3g.net
くるかな・・・と思ってたらきた。ビキビキっとすごい頭痛が一晩中した。
頭蓋骨が半分に割れるかと思った。
次の日は頭痛が収まっていて、なんか額から頭の上がスースーして寒いw
幽霊みたりとかは一切なし。ビジョンも「信じない」。
ただ、入ってくる情報は多くなったので、なんか気分的に落ち込んだ。
今はバランスとれて普通になった。スースーもあまりしない。

以上
273 :名無しさん@お腹いっぱい。2010/03/09(火) 11:28:02ID: JwfNmUvb.net
ヒント。予知、予言とは未来をそのまま見ることではない。
つまり、自然の力を正しく捉え、その流れに便乗するってこと。
未来は現在の積み重ねである、現在は過去の積み重ねである、
これは普遍の法則である。現在を変えることなしで未来は変わらない。
そして未来は積み上げられた総体の結果である。

特定の誰かの意思ですべてが世界の自然の流れがすべて操作できる
わけでもない。変えられるのはごく一部です。
結局はその自然の流れを感じられるかどうかってこと。
負けるときは負け続けるのも然り、負けと勝ちが混在しているのも然り、
勝ち続けることも然り。賭け事で儲けるならそれ以上の極大なリスクを
背負う必要があるってことな。それが背負えないならやめて桶。
ID: 9uJJhawu.net
いい勉強になりました、ありがとうございます。
最近の体験;宝くじのナンバーズ4を見ようと思って寝る。
見えた数字;014 結果は0144(実際は014は入れたが0144は買ってない)
その次見えたのは60192 結果は1926(実際は1926も買ったがその二日後に来た)
未来は覗くことはできるがお金に関しては無理っぽい
275 :syuuji2010/06/01(火) 20:54:33ID: CboPg9J1.net
アジュウナーチャクラはその様な開き方はしません。
他の方法を試して下さい。
276 :syuuji2010/06/01(火) 21:06:57ID: CboPg9J1.net
悟りとは如来の悟り菩薩の悟り天界の悟りetc
悟りには微妙に解釈の違いが有り此れが悟りと言う定義付けは
無いのである、因って例え如来同士といえども決して交わる事は無いのである。
277 :syuuji2010/06/01(火) 21:24:26ID: CboPg9J1.net
大日如来の法輪は直径100cm位、如何頑張っても人間は10センチです。
推察するに大日如来の御年は20歳位でしょう。
知拳印は確立された印でアナハタチャクラが開きますが、
胸部に熱がこもり多量に痰が出ます。

引用元:https://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/esp/1202461250/l1000