【歴史】神社の起源ってなんだ?偉い人の住居?バザール?古墳?【文明】

1 : 天之御名無主2010/10/21(木) 15:11:36 ID:
神社はどこから来たのでしょう?
2 : 天之御名無主2010/10/21(木) 15:23:57 ID:
あまりにスレが少ないので立てました。
沖縄の御獄、華南、雲南などとの関係、シベリアはどうか。
東南アジアのナッツ、ピーってすごく似てる気がしますが。

検索したらあったので
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の伍】
3 : 天之御名無主2010/10/21(木) 18:04:32 ID:
今月は神無月、
と思ったら旧暦でだからまだだった、2週間後
4 : 天之御名無主2010/10/21(木) 18:13:51 ID:
神社として建てられたのではなく、別の目的だった建物が後に祀られるようになったのが最初の神社だと思う。
須我神社はスサノオとクシナダヒメのマイホームだったというし。
5 : 天之御名無主2010/10/21(木) 20:24:45 ID:
祭事毎に建てられてた祠が仏教寺院に対抗するように巨大化、常設化されたんでしょ。
6 : 天之御名無主2010/10/21(木) 20:43:37 ID:
金沙遺跡で日本の神社建築のルーツを発見=
祭祀用の高床式建物―四川省成都市モバイル版URL :
2010年5月18日、四川省成都市郊外で01年に発見された約3000年前の
「金沙遺跡」で、日本の神社建築のルーツと見られる高床式の祭祀建物の跡が
見つかっていたことが分かった。中国新聞網が伝えた。
7 : 天之御名無主2010/10/22(金) 00:17:38 ID:
>>5のおっしゃる通りで。
伊勢が仏教建築の影響を受けてるって話も別に奇説ではないしね。
8 : 天之御名無主2010/10/22(金) 07:33:38 ID:
祝詞ってお経のパクリだよな。
9 : 天之御名無主2010/10/22(金) 18:34:02 ID:
>>5
だから昔の出雲大社がでかいわけだ。
10 : 天之御名無主2010/10/22(金) 19:17:37 ID:
>>6
高床式ってたしかに日本の神社と同じだ、南方起源なんだ。

でも古すぎて、日本の神社建築とは直接つながらないかな
>>4 >>5 さんの言うように日本の神社建築はそこまで古くない
11 : 天之御名無主2010/10/23(土) 00:35:15 ID:
「先史日本の住居とその周辺」(1998、同成社)所収の「ユーラシア大陸における木壁組積構造の拡散」(太田邦夫)
によると、校倉構造は中央アジア西部から伝播したようで、いろいろ
書いてあるようなんで一読を。
12 : 天之御名無主2010/10/25(月) 01:25:13 ID:
>1 神社はどこから来たのでしょう?

a.神社建築の様式がどこから来たのかということなら、神社建築史の文献をあたるべき。
b.神社という宗教施設を作ろうという発想がどこから来たのかと言うことなら、
  大なり小なり宗教施設を持たない宗教はないんじゃないでしょうか。
13 : 天之御名無主2010/10/25(月) 03:26:33 ID:
さっき、放送大学で 厳島神社やっていた。
明治維新での神仏分離と廃仏毀釈って、
紅衛兵の破壊なみに無茶苦茶だったらしいね。
14 : 天之御名無主2010/10/25(月) 21:49:44 ID:
>>10
元々は神社の建っている場所もしくは後背の山なり岬だったりが御神体だったり信仰の対象だったんだから
社という建築物が無くとも神の坐す場所という概念的な意味での神社はもっと古くからあったのでは?
15 : 天之御名無主2010/10/26(火) 09:41:40 ID:
民俗学的定説は琉球の御嶽は日本の神社の原型だということ

琉球の御嶽は社も鳥居もご神体もない(現在ある鳥居は戦前の同化政策の一環として作られたもの)
偶像崇拝ではなく森や泉などの空間に神が降臨するもしくは宿ると考えた
ちなみに御嶽によっては御嶽の中心にイビ石といわれるご神体のようなものもあるが、
これは本来は神が降臨する場所を示す指標と考えられている
また御嶽の構造(何かをする場所の位置関係)も本土の神社の構造と相似している

本土にも古い神社ではこういった形式の神社が残っているそうだ
16 : 天之御名無主2010/10/26(火) 13:02:32 ID:
>>15
>御嶽
なんかの本に東南アジアにもあるとか書いてた。
17 : 天之御名無主2010/10/26(火) 13:58:05 ID:
>>15
ご神体が岩って御獄そのものですよね

三輪山とかそうじゃなかった?
18 : 天之御名無主2010/10/26(火) 16:10:52 ID:
いや、御獄それ自体はもともとは空間を聖地と認識するもので
イビ石に対する偶像崇拝ではないと考えられている(実際はされているが)

>>16
それは初耳だ。興味深い
19 : 天之御名無主2010/10/26(火) 19:01:58 ID:
>>18
たぶん「沖縄民俗文化論」(湧上元雄、榕樹書林、2000)だと思う。
沖縄では戦前にノロが弾圧を受けたとかいう内容もあって、その前後に
御嶽と似たようなのが東南アジアにもあるとか書いてたと思う。
無かったらすいませんです。

今迄読んだ本のノートが山のように残ってまして、残務整理がまだでして。
20 : 天之御名無主2010/10/26(火) 19:03:59 ID:
とりあえず湧上元雄さんの論文。著書は検索してちょ。
21 : 天之御名無主2010/10/27(水) 14:14:48 ID:
福井のニソの杜は、沖縄の御嶽と同じ系統なのでしょうか?

三輪山と葉山信仰は?
22 : 天之御名無主2010/10/28(木) 00:45:11 ID:
>>21
あそこらへんって、海洋系の人もいたところなんでしょ
南方起源の地名が残っているって、何かで読んだような
そうだと関係あるのかも(素人判断)

能登だったかと思って今調べたら、能登はアイヌ語起源だった。
珠洲もアイヌ語ってあるし
ダメだ忘れた
23 : 天之御名無主2010/11/01(月) 16:41:41 ID:
旧約聖書の「初めに神は天と地を創造された」は誤訳で、
原典のエロヒムは複数形でしかも女神のことだから、
「初めに女神達が天と地を創造した」が正しいとする説があるようです。

これはどの程度正しいと思われているのでしょうか?
24 : 天之御名無主2010/11/01(月) 19:32:50 ID:
神社が建てられる以前は、山、塚、古墳が信仰対象の中心。
これは、日本からモンゴルやチベットにかけて分布しているオボー(塚)信仰。

神々はもともと天上に住んでいて、天降りてさまざまなものに宿り、
再び天上に帰っていくとされていたので、
神社は本来神様の住まいではなく、人間が祭祀を行なうための場所として建てたもの。
その構造は高床式倉庫。
25 : 天之御名無主2010/11/01(月) 22:09:41 ID:
>>24
東北にあるサークルストーンも、そのオボーっていうものなの?

恐山で石を積むの、思い出した。
あれはたしかにチベットに似ている。
26 : 天之御名無主2010/11/02(火) 00:53:49 ID:
高床式倉庫は、元々、米の貯蔵庫。
豊作に感謝して、高く積まれた米を拝むことが、稲作民たる日本人の宗教の原型。
27 : 天之御名無主2010/11/02(火) 03:53:11 ID:
>>25
石を積むパターンもあれば、
現代に残る地鎮祭のように、砂山を築くパターンもある。
28 : 天之御名無主2010/11/02(火) 04:14:50 ID:
イタコの口寄せと、神社で巫女が神がかりして託宣をくだす神事は、
実質的に同じ心理技法(自己催眠の暗示)だから、
オボー信仰には、神(生前の業績を称えられて祭られている人物)の霊を、
天上からヨリシロに降ろす要素が含まれている。

誤解を招くのを嫌って、非公開神事となっているが、
祖先が眠るとされる古墳の前に立って、
巫女が神楽を舞い、
神話の伝承に基づいてイメージした古墳の埋葬者に神がかりして託宣する神事を
継承しているところもある。
29 : 天之御名無主2010/11/02(火) 04:20:01 ID:
神がかりの神事の舞は、一般的な巫女舞と異なり、舞い錐の舞と呼ばれている。
回っては回り返す舞い錐の回転動作を、巫女舞へと移し変えたものとされる。
舞い錐は、火起こしの道具で、その神秘の?回転パワーは、火の神を召喚できるが、
同じ回転パワーの舞で、巫女のなかに日の神を召喚できるという発想が生まれたらしい。

日の神をまつる神社の多くが、回転パワーを表現する三つ巴の神紋を用いているのは、
この巫女舞の動きを図案化したものだから。

3という数は、女性神官が政治に深く関わっていた、
日本神道のルーツの一つとされる高句麗国の道教(神仙思想)でも、太陽を表す数とされていた。
太陽に棲むとされる鳥は3本足で、神武天皇の武力の象徴ヤタガラスとして日本に伝わっている。
古墳時代の日本では、朝昼夕刻の太陽を、朝\ 昼○ 夕/と3つに分けて表記して区別していた。
これは、太陽の3女神(日女神)として表現されることもあり、今も宇佐神宮に祭られている。
というわけで、三つ巴の紋は、太陽神を天上から神降ろしする神事のシンボル。

後世になって舞い錐による火起こしが、火打石などに置き換えられていき、
回転パワーへの信仰が見失われたことで、三つ巴は流水紋とされ、
屋根瓦に描く防火のシンボルとして一般に広く普及するようになってしまった。
しかし、舞い錐の舞から三つ巴の神文まで、綺麗に体系化された世界観が現存している。
銅鐸に左右交互に連続する渦巻き文様が描かれているが、
これも火神か日神を召喚する神がかりの神事と無関係ではないとする見方もある。

非公開神事だが、ある程度のことは、姫神(日女神)の神事を
現代まで伝承している人物のブログからも読み取れる。
30 : 天之御名無主2010/11/02(火) 04:28:04 ID:
>>26
穀物を貯蔵する高床式倉庫にとって、最も問題になるのが、
ネズミなどによって、飢饉に備えて蓄えている食料が食い荒らされてしまうこと。
そこで、ネズミを追い払う蛇(青大将)に対する信仰が生まれる。
じつは、ネズミは蛇の臭いを嗅いだだけで、怖がって逃げてしまい、
蛇の臭いがする建物には寄り付きたがらない。
建物の周囲をぐるりと蛇の抜け殻で覆うだけでも嫌忌効果がある。

蛇の抜け殻を高床式倉庫の周囲に張る結界は、穀物蔵にしか効果がないものだが、
高床式倉庫を神社へと改造したとき、蛇皮の代わりに藁で編んだ縄を廻らせて、
建物の装飾としたのが、注連縄だと言い伝えられている神社もある。
31 : 天之御名無主2010/11/02(火) 04:40:54 ID:
魏志倭人伝に卑弥呼が鬼道を用いたとあるが、
その鬼道は、高句麗道教の流れを汲むとする研究者もいる。
高句麗国は神女(斎王)のアドバイスをもとに王が統治する風習を持っていた。
卑弥呼もまた海外の出来事を良く知る女神官タイプの統治者であり、
高句麗国の神女政治の影響を受けていると見るのが妥当だろう。

高句麗国では神女は神宮に住んでいたことになっているので、
日本の神社は、その流れを汲んでいると見るのが妥当だろう。

もちろん、神名や宣命書きの漢字用法も、大陸の高句麗語の影響を受けている。
33 : 天之御名無主2010/11/03(水) 01:33:10 ID:
>>15
御嶽(うたき)についてネットで少し調べてみたが、
ノロ(祝女 女性司祭)が管理する男子禁制の聖域で、
空間の中心にイビ石という石塚があり、神が降臨する標識とされている点、
古代の集落跡で、祖先崇拝の要素が強い点など、
塚を依代として扱うオボー信仰の要素を色濃く持っていることが分かる。

「拝み山」などと呼ばれることもあるなら、
東アジアに広く分布しているオボー信仰の一形態と見ていいだろう。

したがって、沖縄の御嶽が神社のルーツなのではなく、
オボー信仰が神道のルーツと見たほうが良い。
34 : 天之御名無主2010/11/03(水) 01:34:16 ID:
オボー信仰は、神名にも深く影響を与えている。
オボーという言葉は、古事記や日本書紀のなかには、
神名や人名を帯(おび)や大(おお)などの漢字を当てて表記する形で登場する。

『天照大神』は『大日女神』とされているが、なぜ、この二つの神名が同一神を指すのか、
現代人の感覚では、容易に理由が見えてこない。
宣命書きが古代朝鮮語、
もっと正確に言えば、古朝鮮語よりもさらに日本語と近い関係にあった、
高句麗語とほぼ同じものであることからも明らかだが、
高句麗語を漢字を用いて表記するルールで考えていくと、神名の謎が解けてくる。

『大日』の『大』は、大きいの意味ではなく、『帯』と同じでオボー信仰を表している。
したがって、漢字表記以前の高句麗語は、
『オボ・ヒ』を繋いだ言いやすい言葉、『オオヒ』だったことが考えられる。
今でも韓国語では『太』は『テイ』『日』は『イル』と読むので、
『大日』は『テイ・イル』と置き換え可能で、短縮して一文字で漢字表記するなら、
『照(テル)』となる。
天津神族(大陸系)の大日女(おおひるめ・おおひめ)を二文字漢字表記するなら、
『天照』の文字を当てるのが、漢字の意味からいっても妥当となる。
したがって『大日女』(オオヒルメ)神は『天照』神(アマテルカミ)と、
同じ意味を持つ神名となる。

大日女神(おおひめかみ)は、
オボー信仰(古墳信仰)と太陽信仰が習合した道教の巫女を神格化した神ということになる。
オボヒ信仰を中心とする国家神道の神社のルーツは、天照の神名のなかにも見ることができる。
35 : 天之御名無主2010/11/03(水) 02:51:03 ID:
神功皇后は、
父方が天皇(大王)家、母方が天日矛(弓月の君率いる秦氏などの渡来人が奉じる神)の裔で、
日本人と渡来人の混血と設定されているところが興味深い。

上で出てきた、御嶽(うたき)を管理するノロ(祝女 女性司祭)について調べれば分かるが、
兄王を、神に仕える妹神が守護する、オボー信仰独特の祭祀文化が伝承されている。
もちろん、高句麗国の神女が男王を補佐する女性神官政治や、
日本の斎宮制度、卑弥呼による統治なども、この流れを汲むと見ていいだろう。

妹日女(姫)のことを乙姫と呼ぶが、もちろん浦島太郎の乙姫様のことであり、
乙姫様の若き日の修行の場所は神戸布引の滝で、その下流に生田神社があり、
稚日女の名で彼女が祭られていることから、
斎宮制度にとって最も重要な祭祀の原型が読み取れる。

母系継承されてきたものなので、斎宮制度は天日矛を奉じる渡来系文化と見ることが出来る。
日神・天日矛に仕える斎女(いつきめ 依憑の巫女 いつきのみこ)の祭祀を現代まで伝承する、
卑弥呼や神功皇后の末裔とされてきた一族は、今も母系継承の形をとり、
天日矛神、すなわち太陽神(男神)の霊気をその身に受けて、
ペアとなる日女(姫)神、耀(あかる)姫(かぐやく姫 かぐや姫)に神がかりして託宣する。
もちろん、かぐや姫の物語は、耀姫に神がかりするための祭祀の流れを、
子供に分かりやすくイメージとして教えるために作られたものである。

伊勢神宮外宮が、天照神は昼夜問わず天を照らす日月神のワンペアという伝承を残している。
天日矛・耀姫の陰陽一対の関係から、男王を女神官が補佐する斎宮制度に至る流れを、
政(マツリゴト)を祭(マツリゴト)として行なっていた時代から、
持統天皇の時代に行なわれた、天照大神を女神とする一神教への宗教改革の時代までの、
変遷を見て取ることが出来る。
36 : 天之御名無主2010/11/03(水) 07:19:18 ID:
浦島太郎、かぐや姫と来たら、桃太郎のおとぎ話の正体も明かさなければなるまい。

桃太郎のストーリーに一対一で対応する神事は、賀茂神社の葵祭りなどの形で伝承されてきた。
お爺さんが山に柴狩りに行くが、某神社の伝承によると、
彼は山に宿る神を、木に移して、川に流すために行ったことになっている。
葵祭りでは、実際にその通りの神事が今も行なわれている。

お婆さんは川に洗濯に行くが、本当は体を清めて禊を行ない、
川から神を自分の身に受けることが目的である。
古い時代の葵祭りでは、川上から流れてくる物を拾っていたようだが、今日まで伝承されていない。

ところが、ある神社の非公開神事では、霊山のイワクラの鏡岩が反射した日の光を、
日矛鏡(天日矛神の男性の力のシンボル)を沈めた池で反射して、
太陽の反射光を斎女がホトに受けることで、神の子を身に宿すという、
類似した別パターンの神事が伝承されている。

川に移された神が流れてきて、禊をした巫女がその身に受けることを、
子供に分かりやすくイメージさせるために、どんぶらこと桃が流れてきて、
拾って家に帰ったという描写に置き換えてある。

葵祭りでは、このあと阿礼男と阿礼女が・・・という18禁と思われる、
お子様にはちょっと理解不可能な内容の、非公開神事が行なわれてきたらしいが、
桃太郎では自主規制されて、桃を切ったら男の子が生まれてきた、というストーリーになっている。

といっても、他の神社で伝承されているこの系統の高度な房中術は、
淫念を持たずに、男女が静かに離れて座った状態で気を交わらせて愛し合うもので、
子供が見ても内容的には問題ないものだが、理解不可能。
実際に、神事を継承する役目の子供は、その儀式を見学するらしい。
37 : 天之御名無主2010/11/03(水) 07:23:17 ID:
桃から生まれた桃太郎は、卵から生まれた朱蒙という高句麗国を建国した英雄に対応する。
このパターンの卵生神話は、扶余・高句麗地域などに存在し、
天からの子供を授かる神人婚説話のストーリーも付随している。
身に覚えのない女性が天上の神の子を産む話は、
イエス・キリストの誕生よりも、朱蒙(東明聖王)のほうが先なので、
東から西へとシルクロードを介して伝わった可能性を指摘する研究者もいる。

東明聖王には、オイ、マリ、ヒョッポという三人の家来が従っていたが、
桃太郎には三匹のお供がついていく。
太陽は3の数で表されるため、三人の家来は太陽神の力を象徴している。
きび団子は、丸い形をしていて太陽の恵みで作られたものだ。
太陽の力を宿した桃太郎(東明聖王)のシンボルである。

つまり、
桃太郎伝説は、高句麗国を建国した英雄を祖とする王族の、王位継承の儀式を、
子供に分かりやすく教えるために創作されたおとぎ話なのである。

というわけで、浦島太郎、かぐや姫、桃太郎は、
天日矛系の秦氏の祭祀の内容を子供達に教育する目的を持って創作されたもので、
日本書紀と伊勢神宮成立以前の、古い神道の姿を今に伝えていることが分かる。
38 : 天之御名無主2010/11/03(水) 07:25:27 ID:
日本書紀(持統天皇)の時代に行なわれた宗教改革以前の古い時代の神道では、
王族の祖先である男王神とそれを守護する妹姫神のワンペアが祭祀されていた痕跡は、
伊勢神宮の内宮に建てられる神殿の敷地が、二つ存在することからもうかがえる。

八咫鏡を作る前に、パイロット版として試作された鏡が日前国懸神宮に納められた記録があるが、
この神社は伊勢神宮よりもそれだけ古い神道の姿を今に伝えているとも考えられる。
二殿併設の日前国懸神宮に祭られている神々は、
朝廷の圧力によって時代とともに変えられた可能性があるが、
社殿の形まで変えることは出来なかったようである。

問題は、斎宮制度の廃止によって、
斎王が神がかりして得た神の力を、天皇が受け取って行使する、
祭政一致の統治体制が、宮中祭祀として現存していない点にある。

ただし、天皇の即位にかかわる神事 大嘗祭の本祭の儀式では、
悠紀殿と主基殿の二殿が一対のものとして建てられ、それぞれに神座が用意される。
したがって、一対の神々を祭っていることがうかがえる。
今日の伊勢神宮に天照大神が女神として祭られる形は、
持統天皇を皇祖神と見立てる宗教改革の結果という説を唱える研究者もいる。
40 : 天之御名無主2010/11/03(水) 15:10:39 ID:
>>38
大陸に何らかの起源があったのは当然でしょうね。
浦島伝説(海幸山幸)七夕(龍と瓜)桃太郎、いずれも中国に原型がありますし。
しかも七夕はかなり早い時期に伝わって日本の機織り巫女と完全に同化してますから。

しかし、そもそもが中国と言う国は人種のるつぼで東アジアの中心地です。
今の東京のようにあらゆる地方の人間が集まって出来た国であって
逆に言えば「中国の伝説=中国に初めから伝わっていた伝説」ではありません。
文化の輸出国であったと同時に輸入国でもあった国なので。

そう考えれば、石器〜縄文期にはむしろ日本の方が先行していた経済活動(石器や土器の貿易)
などのことを鑑み、また縄文人の影響が濃い可能性のある神道は必ずしも大陸輸入ではなく
逆であった可能性もあります。
特に高句麗語の下りは推測の域を出ませんね。
なにせ、最近の研究ではその存在すら疑われている言語ですから。
41 : 天之御名無主2010/11/03(水) 19:46:15 ID:
>>37
桃太郎と卵生神話の関係とは盲点だった。
今月号だか先月号の雑誌ニュートンによると、
確か唐古・鍵遺跡から桃の種が大量出土の記事があった。
ただ、朱蒙とかの川渡り伝承部分はモーゼの海渡りとする旨を
森雅子(中央大学)が指摘してるので、西から東へではなかろうか。

>>33
禰宜(ねぎ)はマギからではなかろうか。
「シルクロードの宗教」(R.C.フォルツ、教文館、2003)では
西周時代遺跡出土宗教文物からイラン人の宗教指導者を雇っていた旨を述べていて、
既に「マギ」の呼称が伝わっていたのでは。
オボとの関係以外もあるのでは。
49 : 天之御名無主2010/11/21(日) 23:39:54 ID:
>>40
中国に同じものがあるからといって直接の輸出入だけを考えるのは早計。
中国以外にも同じモチーフの説話は世界中にいくらでもある。特に浦島。
同モチーフ別系統の説話が後世になって習合するパターンだってありうる。
50 : 天之御名無主2010/11/22(月) 14:44:08 ID:
寅さんの地元、柴又神社って古墳の上に出来ているそうです。
古い神社ってだいたい、古墳とか霊場のようなところに出来ていると
思っていいんですかね
51 : 天之御名無主2010/11/22(月) 16:11:28 ID:
>>50
霊場(というかぶっちゃけ死体捨て場)に神社を作ることはかなり少ないだろうな。
ケガレの集まる場所なわけだから、そこを神社とする可能性はむしろ低い。
作るとすればむしろ寺。

神社があっても、まず寺があって、その鎮守として神社も作る中世以降の
パターンとか、最初は寺のつもりだったけど廃仏毀釈の折に神社ということにして
しまいました、という八坂神社型とかじゃないかと。
古墳の上に作ってるのはけっこうある(俺の実家の近所にあるのもそう)とは思うが、
古墳だと思って作ってるわけではないんじゃないかと思う。

あと、柴又八幡社はそんな古くないぞ。たかだか近世までしかさかのぼらんでしょ。
52 : 天之御名無主2010/11/22(月) 22:58:19 ID:
>>51
>霊場(というかぶっちゃけ死体捨て場)

うーん、そういうものだったのか
53 : 512010/11/25(木) 16:09:58 ID:
>>52
ちょっと訂正。死体捨て場は言いすぎだったかもしれん。
霊場の中には修験などの信仰から観念的にでてきた、死体捨て場としての
実績のないものも少なからずあるし。
ちょっと高野山あたりに意識をもってかれすぎてたかも。

ただ、いずれにしても、葬送の地すなわち死者の行き先として
観念されているということにはちがいなく、理論的には黄泉なんかと
一緒で穢れた場所のはず。
そこに神社を作ることは古代においては考えにくい。

中世になると信仰の形態がかなり錯綜するので、その中で従来は
作らなかったようなところに神社(ないし神社もどき)ができることは
あったかもしれない。
54 : 512010/11/25(木) 16:15:00 ID:
さらに補足。

「神社もどき」ってのはたとえば京都の八坂神社みたいなのね。
55 : 天之御名無主2010/11/28(日) 15:59:15 ID:
生贄とか人柱を立てた跡とか、それなりの人物の墓が、時の流れの中で神社(祠?)と化す場合もありそうだけど。
56 : 弓道家2010/11/30(火) 15:20:58 ID:
昔の人は私達に見えないモノが認識出来てたんじゃないか、
そうとしか考えられないと子供の頃から思ってます。
絵巻なんかに描かれたモノは想像の産物ではないんじゃないかと。
「鎮める」とか「依り代」とか、認識出来てないと
生まれないものじゃないですかね?
57 : 天之御名無主2010/11/30(火) 22:28:19 ID:
ウラシマもかぐや姫も東南アジア周辺にいっぱい残ってるんじゃ
なかったけか?
58 : 天之御名無主2010/11/30(火) 23:44:52 ID:
>>55
具体的には?

>>56
人間の想像力をナメすぎ。
超自然現象にまで飛躍しなくてもそれぐらいの概念は日常からの類推で十分発想可能。

>>57
現世の英雄が異界へ行って結局戻ってこない話(浦島など)や、
異界のものが結局異界へ去ってしまう話(かぐや姫、鶴女房など)は
中国、東南アジアにかぎらずヨーロッパにもある。
59 : 天之御名無主2010/12/01(水) 02:18:12 ID:
>>51は、祖霊信仰という観点が完全に欠落している。
古い神社であればあるほど、聖地と葬地は重なってくるぞ。
ミモロとかミムロとかモリヤマとかモヤヤマとか調べてみるといい。
そもそも古墳というのは「祭祀の場」であって、それが、いわゆる「神社」の
成立したと考えられる時代と重なっている以上、古墳と神社の関係が後付けだと
考えるほうがむしろ不自然だろう。
神仏習合は確かに重要だが、その見解は、「葬式仏教」と呼ばれるようになった
江戸中期以降の印象に影響されすぎているように見えるな。
60 : 天之御名無主2010/12/01(水) 13:36:12 ID:
>>59
古墳の祭祀から直接以降した神社が皆無という現実の前にはしょせん机上の空論。
61 : 天之御名無主2010/12/01(水) 13:51:23 ID:
訂正:×以降→○移行

祖霊信仰はあっただろうし、古墳で祖霊の祭祀をしたのだろうけども、
それが神社の起源かどうかとは話が別。
岩、森、山自体を祀った状態から、仏教の影響で社殿を備えるようになった
という展開の中に祖霊崇拝や古墳という要素は希薄だよ。

>ミモロとかミムロとかモリヤマとかモヤヤマとか

もうちょっと具体的に言ってくれ。

普通に考えればミモロやミムロは山本体のことを言っていて、祖霊云々とは
独立した話のはず。ただ、語源に関する話題はいろんな人がいろんな説を
たてるので、議論の基礎にしたいのであれば「調べてみるといい」なんて
いいかげんな態度は感心しない。
66 : 天之御名無主2010/12/04(土) 07:59:11 ID:
とりあえず、「式内社でも多数派」という以上出典があるはず。
さすがに一人で三千近い式内社を調査したわけじゃないだろうし。
それを示せばこの問題は解決するじゃん。

個人的には国学院大学辺りが調べてまとめてそうな気がするが。
67 : 天之御名無主2010/12/04(土) 22:17:50 ID:
地方に下った皇族の墳丘が社とセットになってる例は少なくない
71 : 天之御名無主2010/12/06(月) 16:15:19 ID:
>>60
>古墳の祭祀から直接以降した神社が皆無という現実の前にはしょせん机上の空論。

これ無茶苦茶だな。少なくとも民俗学の知識のある奴の言う事じゃない
72 : 天之御名無主2010/12/07(火) 12:50:31 ID:
そうか?
とりあえず、「神社 古墳」で
ググってみたけど直接移行したと言えるものってなかったぞ。
古墳の近くに神社がある場合でも
それは中世に入ってから建立されている場合が多い感をもった。
少なくとも教科書に載るような代表的な古墳が神社になっていない&なっていたこともない以上
>>59は説として弱いと思う。
式内社云々はわからんけど。
73 : 天之御名無主2010/12/07(火) 22:33:04 ID:
古墳と神社という建築物が同時に造られていなければ認めないってか?
一人で永遠にやってろよ、バカ
74 : 天之御名無主2010/12/08(水) 10:05:49 ID:
>>59
>>そもそも古墳というのは「祭祀の場」であって、それが、いわゆる「神社」の
>成立したと考えられる時代と重なっている以上、古墳と神社の関係が後付けだと
>考えるほうがむしろ不自然だろう。
と書いてる。
>>73
>古墳と神社という建築物が同時に造られていなければ認めないってか?
>一人で永遠にやってろよ、バカ
というのは>>59と矛盾しているようにしか見えない。

もし古墳にある神社が中世にたてられたものばかりだというなら、
それは古墳の祭祀以外の起源をもつ神社という宗教施設が、
古墳に代表される墓地の祭祀へ進出したとみるべき。

もちろん、「式内社でも多数派」ということが示されれば
神社の起源は古墳という説も説得力を持つと思う。
75 : 天之御名無主2010/12/08(水) 21:47:54 ID:
神社の基本構造は本殿−拝殿だろ?
本殿が古墳であったり、山であったり、木であったりする訳だよ
そして拝殿ってのは本殿の御前な訳だ
そこに建築物とかなくても、拝む対象と人がいれば構造的に成立する
それが神社と呼ばれるようになったのが何時か?ってのを問題にしたい訳なの?
>>59は輪郭が不明瞭で何を言いたいのか曖昧だけど
>>73は古墳と神社を分離して考える理由がわからん
77 : 天之御名無主2010/12/09(木) 05:47:18 ID:
古墳は比較的新しいものだから、神社化(?)しているものは少ないだろうね、確かに。
でも、縄文時代や飛鳥時代の賢者だとか英雄だとかの墓が神社(といっても小さな祠程度のもの)になっている場合は多い。
「おそらくそうであろう」であって、確証があるわけではないけどね。
逆に、古墳時代よりも新しい墓が神社化している場合も結構ある。というかかなり身近すぎて神社として認識できないかもな。
管理されている様子が全くないように見える、何が祀られているのかもわからないような神社、祠はそんな風に生まれたの、かも。

かも、じゃ不満な人もいるのかもしれないが、俺はこれで十分。なんかロマンがあって好きだ。
78 : 天之御名無主2010/12/09(木) 15:01:03 ID:
古墳が古墳であると忘れられた時期に、
そこに新たに神性を見出して神社を創建した例も多いだろうな。
79 : 天之御名無主2010/12/10(金) 12:06:42 ID:
>>77
飛鳥じゃなくて弥生じゃないか?
80 : 天之御名無主2010/12/12(日) 22:20:49 ID:
古墳(御陵)が神社は有ります。
幽宮=カクリノミヤ。でググってね。
因みに幽宮は伊弉諾神宮の事。(多賀大社は延喜式では小社。淡路島の伊弉諾神社(昭和29年に神宮宣下。)は名神大社。また、単に「御神社」と表記される場合もありますた)
伊勢内宮とヤマトの都を挟んで東西同緯度、ほぼ等距離!
イワユル「太陽の道」の本道でつ。
多分、伊勢神宮の造営に併せて遷座、造営したのかも?と妄想。
神奈備は伊勢の森(常隆寺山)。奥の院ともされるやや南側の岩上神社(「布都御魂大神」)には巨大な岩石の磐座の御神体。(伊勢の森山の鬼門裏)

元々(明治以前)、墳丘(御陵)の御前に本殿が有ったものを明治政府が明治初期に一度立て直し、
後年、何をトチ狂ったか墳丘を整備して人工基段を造り恐れ多くも伊弉諾大神の石室(恐れ多くも内部調査済み。地元口伝では・・・)を覆い隠すように真上に本殿を造立したのが現在(明治の二度目の改修)の形。
伊弉諾神宮の神池や後背地の湿地帯は御陵の環壕(取り囲んだ堀)の遺構と云われています。

カケマクモ綾に畏き皇御祖大神。伊弉諾大神。伊弉冉大神は今なお淡路国津名郡多賀の原の底津磐根に宮柱太敷き立て高天原に千木高知りて幽宮/日少宮に鎮座坐す。

先日参拝した但馬一宮(二宮説も)「粟鹿神社」も当にこんもりとした墳丘の手前に本殿と社殿が建ち並ぶ形。
神奈備山は南側に聳え立つ粟鹿山(三輪山に似た山容)。
こちら様の創建は出石神社(天日矛命/但馬一宮)よりもさらに古いとの由。

三輪山は一説に人工でないにしても皇祖大御神(天照大神や神武天皇では無い。ホントの皇祖♂。天照御魂大御神。ほか御神号は数多)の墳墓/磐座で神奈備山との由。
山麓の本殿を持たない大神神社はその拝礼場所。社殿が西向きなのも曰わく有りげ。(通常、南ないしは東向き)
81 : 天之御名無主2010/12/29(水) 15:30:49 ID:
まずは、伊勢神宮の建築の謎を解いてみた方がいいんじゃないか。
唯一神明造は一体誰の設計で、何を手本としたのか。
82 : 天之御名無主2010/12/29(水) 21:35:40 ID:
大麻使用してラリパッパになって祈祷してたから神聖な雰囲気が必要だったんだよね
83 : 天之御名無主2010/12/29(水) 22:56:52 ID:
>>82
>ラリパッパになって

シャーマンだとそういうことがありそうなんだな
恐山は硫黄ガスだし
ギリシャ巫女のお祈りの場所もガスの出る洞窟だったそうだ
84 : 天之御名無主2010/12/29(水) 23:15:44 ID:
丹生神社が水銀の鉱脈にあるんでしたっけ?
空海は水銀中毒だった説もありますね
雅楽なんてのは明らかにトランス状態に導く音楽だし神社や仏閣の建築構造はなんらかに共鳴するように作られてる気がする
85 : 天之御名無主2011/01/07(金) 02:49:29 ID:
神社の起源っていうか・・・ 鳥居の起源はエジプト。
86 : 天之御名無主2011/01/07(金) 08:19:55 ID:
>>85
詳しく聞こうか
87 : 天之御名無主2011/01/07(金) 09:31:12 ID:
エジプトって言うよか、ユダヤ。
88 : 天之御名無主2011/01/07(金) 10:16:56 ID:
>>87
もあもあ!

なんか正月だったせいか神社扱ってる雑誌多いねえ
89 : 天之御名無主2011/01/07(金) 14:16:25 ID:
>>85
東南アジアでしょ
今でも村の入口にかかっていて、現役。
90 : 天之御名無主2011/01/08(土) 04:15:19 ID:
>>86
鳥居の起源はアケトアテン

>>87
ユダヤ人はアテン教信者
後に迫害され、エジプトを脱出

>>88
パワースポットがはやってるからじゃね?

>>89
朱塗りの鳥居は?
鳥居らしきものじゃね?
91 : 天之御名無主2011/01/09(日) 22:25:52 ID:
「起源」と「ルーツ」の違いを理解していない阿呆がいるようだな
92 : 天之御名無主2011/01/10(月) 04:44:44 ID:
ルーツ【roots】
1.物事の根元・起原。

2.祖先。始祖。「―をたどる」
93 : 天之御名無主2011/01/10(月) 18:34:48 ID:
>>92
日常会話の翻訳ならそれでいいだろうけど
場面によっては重大な誤訳にあたる。
英語において「roots」は「発祥」とは微妙にニュアンスが違う。
95 : 天之御名無主2011/01/11(火) 07:06:27 ID:
定義の話をするなら単語は正確に頼むよ
roots、起源、起原、発祥が出てきてるぞ
どれが一緒でどれがどう違うのか説明してくれ
99 : 天之御名無主2011/01/13(木) 08:54:06 ID:
山の信仰、森の信仰、太陽の信仰から始まり今の鳥居のような形を作って
拝んでいったのじゃ 神社はその神様を祭る場所として出来たのじゃ
100 : 天之御名無主2011/01/14(金) 03:45:15 ID:
心の神 と 敬神崇祖(けいしんすうそ)
   
● 神代(かみよ)のコピペ

 (省略・・・)
 日本側の先祖は、イザナミ(伊邪那美)である。
 
演歌歌手のジェロさんも伊邪那美の末裔であります。
 ジャポニカは神の子です。  
 (一信仰の異教徒 御免)
    
 
● (余談) 朝鮮半島は神代ではない。

 
ヤオヨロズの同志よ。 大和は「和み」じゃ
● 相ぬ(アイヌ) VS 相生(あいおい)

 
(付録)大日本帝國を悪く言うのは冤罪である。

 > 難しい話ではありません。
 > 政治的な考えを抜きに観察すると簡単な問題です。
 > 大日本帝国人は、みなが在来人種です。
101 : 天之御名無主2011/01/14(金) 03:51:12 ID:
神社の起源は、いろいろあります。
 
豪族の館、遠征してきた豪族の「詰所」や「連絡所」ですね。
拝礼の「礼」は、忠誠を誓う証に、無防備を表現した、「クビチョンパ・スタイル」です。
  
忍法:お国透かし 【三種の神器】 鏡の術
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102 : 天之御名無主2011/01/14(金) 03:56:19 ID:
磐座(いわくら)は、人力ではどうしようもないので、「神にたとえた」ものでしょうね。
磐座は、「御神体のようなもの」で神社ではないと思います。
  
「君が代は、千代に八千代に 細石(さざれいし)の 岩藻と成りて 苔の生すまで」
細石 = 結晶化した角柱状の、黒っぽい特徴の石ですね。メノウが混ざることもありますね。
103 : 天之御名無主2011/01/14(金) 04:03:26 ID:
個人的な仮説ですが。
(もちろん、どの考古学者も当時居ないので仮説です。
当時居たとしても、解説者により「いろんな話」がどうせありますよ。)
 
さらに磐座は、領地の境界を意味したり、軍事的に重要な意味を持っていたようですね。
何かの「目印」だったり。
平地の磐座の場合、平地ゆえ食糧を自給するに都合がよい「争いが起こる場」であります。
重量のある石なので動産ではあるが、通常の人力では不動であり、「争いを防ぐ」のです。
結果、争いを防ぐことで、「命を助けるパワー役目」をするから神でしょうね。
104 : ヤオヨロズの人種2011/01/14(金) 04:09:17 ID:
神社は、食糧を自給する人種のものであります。
狩猟人種であるアイヌ民族などの野人と違い、縄文時代からの定住性のある在来人種や、在来人種に同化をした移民が愛してきたものです。
 
● 朋友相信ジ 恭儉己ヲ持シ/大日本帝國のヤオヨロズの人種たち 

 
  
★ アイヌ人は 「ロマの民(たみ)」です

  
● 相ぬ VS 相生
 
 【簡易版】
     
 
■ アイヌ民族 憲法違反 政教分離違反 ロマなのに縄文先祖泥棒 
105 : 天之御名無主2011/01/15(土) 02:33:09 ID:
鳥居
宗教って鳥と蛇で分けられるよね
キリスト教とか天使だので羽が生えてて鳥を連想、そして蛇は悪魔の化身
蛇はインド、中国では神様扱い
日本でも神扱いだけどヤマタノオロチの話からするとなんか敵のような感じがする
だので神道の鳥居は鳥系の宗教の象徴なんじゃないかな

ところで鳥が羽ばたいた姿って子宮に似てる
蛇は男根ってのが通説ですよね
106 : 天之御名無主2011/01/15(土) 07:27:28 ID:
そういえばヨーロッパには屋根に風見鶏を乗せるとかあるけど
じつはルーツは一緒だったりしてね
日本では建物のてっぺんに鳳凰とか、神武天皇の金色の鳶とか
107 : 天之御名無主2011/01/15(土) 23:40:03 ID:
沖縄のシーサーもあるな
108 : 天之御名無主2011/01/15(土) 23:50:21 ID:
Re:鳥と蛇
   
「鳥」は、空を舞う「超能力」を脳内イメージだけ拝借したようですね。
  
「蛇」は、サルが蛇を天敵として、「恐れ・嫌う」ような恐怖を利用し、北朝鮮やカルト宗教はソ連でも情報を遮断し、東側以外は、恐ろしい国々と教え込んでいましたよ。
北朝鮮は今も当時のままですね。
相手を威嚇する「イレズミ効果」を期待した「魔よけ」でしょうなぁ。
  
 ただ単に、「ゴロツキ扱い」されているだけなのに、本人たちは、野人が濃いから気がつかないんですよ。
 盗賊行為や詐欺行為も定住性の農耕人種や畜産人種と違う野人たちです。
 狩猟人種以外は、食糧を自給する人種です。
 その、食糧自給に必須なのが定住と治安です。
   
 蛇や龍を好む人種は野人の濃いゴリラ顔が多いですよ。
 それは、B型が多いフェロモン集団です。
  
 和(なごみ・嫌いな奴とも協力)よりも、「力を信じ」ます。
 定住継続のための「治安を重んじる人種に逆行」しているのが、蛇のイメージの恐怖の奴隷にさせることで求心力を得ようとしているシャーマン系の人種ですね。
 「本能の現われ」でもあります。
  
 ヤクザヤ詐欺師や盗賊など、恐怖で下々をまとめます。
 それも、自分を「蛇・龍」にたとえさせて奴隷にさせて求心力を得ようとするシャーマニズムです。
 または、先ほどの、イレズミ効果を信じる「狩猟系の土人本能」かもしれませんね。
  
 朝鮮系やアイヌもそうだけど、ロシアの狩猟人週の野人である「ロマの民」になる以前の、野人系土人が、シャーマニズムを持ちます。
 平田まこと顔、高橋克也顔などでもわかりますが、現代の日本のカルト宗教系にも、真光系の岡部マリさんなど、アイヌ顔が多い証拠です。
 
 神道系には、鎌倉時代や明治以前までは、各時代でB型が少なかったり、存在していなかったはずです。
110 : 天之御名無主2011/01/16(日) 00:07:10 ID:
> 神道系には、鎌倉時代や明治以前までは、各時代でB型が少なかったり、存在していなかったはずです。
  
 話を深めると、「これ(↑)」は、神社の起源と大きく関している証拠でもあります。
 どこが?
 これから、説明をいたします。
  
 神社の起源は、大陸からの「引揚者」を含み、アイヌ人側ではない。
 神社の起源は、食糧を自給する人種が、治安維持のために、「心をリセット」する場であります。
 
 食糧を自給する人種たちが、人種の垣根を越えて、集まる場です。
「食糧を自給する本能を持つ『近い遺伝距離のフェロモン』を誘引しあうように感じあう場」です。
 それが、おそらく、治安維持は防衛も含みます。
 あらゆる「心をリセットするため」に、神社があるようです。
  
 食糧を自給する人種は定住性の人種である。
 そのために、狩猟人種から遺伝が広がる盗賊や強盗や詐欺や「ロマの民顔」に多い治安の悪い人種が群れる民族のように、神道を嫌います。
 食糧を自給する人種は、犯罪後に逃げる習慣もありません。
  
 そのために、「定住性の本能」ゆえに、ノイローゼや自殺もあります。

 
 神社は、青似顔でもアイヌ以外はO型が多いですよ。
 「食糧を自給する人種」の、【八百万の人種】な集団のフェロモンが残存している場所が神社でもあります。
  
Pheromonelogy 「フェロモン学」 リスト
112 : 天之御名無主2011/01/16(日) 00:13:38 ID:
× 神社は、青似顔でもアイヌ以外はO型が多いですよ。
○ 神社は、「青鬼」顔でもアイヌ以外はO型が多いですよ。
  
青鬼 = スラブ白人系の人種。
赤鬼 = 古い和人に共通する人種の肌の色。
  
アイヌ人(相ぬ)の肌は、アラビアンのような黒人系に近い色であり、「ロマの民」特有の肌です。
  

● 私が語る【赤鬼/青鬼/トケビ=アカ】 とは?

  
★ 大日本帝國を悪く言うのは冤罪である。

 > 難しい話ではありません。
 > 政治的な考えを抜きに観察すると簡単な問題です。
 > 大日本帝国人は、みなが在来人種です。
  
 
● アイヌ人は 「ロマの民(たみ)」です

  
● アイヌはロマであり、縄文ではありません。
 
  アイヌ顔は江戸時代の鎖国の脆弱な地方のみです。
113 : 天之御名無主2011/01/16(日) 00:28:39 ID:
> あらゆる「心をリセットするため」に、神社があるようです。
> 食糧を自給する人種は定住性の人種である。
 
×  そのために、狩猟人種から遺伝が広がる盗賊や強盗や詐欺や「ロマの民顔」に多い治安の悪い人種が群れる民族のように、神道を嫌います。
○  そのために、狩猟人種から遺伝が広がる、「盗賊や強盗や詐欺」などの「ロマの民顔」に多い、治安の悪い人種が群れる民族は、定住性ではないために、神道を嫌います。
さらに、「ロマの民」はモスクワ民族に占領される以前は、北極圏に北上できないタイプの狩猟人種であり、近代の「産業製品グッズ」が手に入る以前は、北極圏以南に地球を横に広がるB型人種のゾーンを作り、
掟(おきて)などの規則を嫌う、ヒト(人)にはなつかない野生(野人)でありました。
 
 アイヌ民族は、神社などの神道は、大和民族の宗教と思い込んでいます。
 天皇や神道や日の丸などは、和人であり、「敵対視の歴史」であります。
  
 アイヌ民族のほうが、あらゆる面で、朝鮮人と人種的に近いのに・・・・黄色人種の特徴しか彼らは言いません。
 アイヌ民族は縄文人にいない豚鼻人種の集団なのに、自分たちが先住民族だと思い込んで政府に圧力をかけて、ウソで大学の先生になったり、和人たちの税金で贅沢をしています。
114 : 天之御名無主2011/01/16(日) 00:29:33 ID:
● 相ぬ VS 相生
 
 【簡易版】
 
  
 【相ぬ(アイヌ)】      VS      【相生(あいおい)】
  
   同化拒絶                   同化希望
  (和人の勉強嫌い)             (勉強は必要なこと)
    中卒多し               商人・医師・歯科医・獣医・公務員多し
     野人                    負け組スラブ多し
ジプシー系黒アイヌ人(ロマ顔)      落ち武者スラブ白人や、落ち武者高麗人
    
(白鳥事件の白鳥も、ロシアから来た白鳥アイヌ? )
  
  狩猟人種の知能            食糧自給テクノロジー人種
 搾取・盗賊・紛争・受刑者多し      農業系のため定住 ← 治安重視
115 : 天之御名無主2011/01/16(日) 00:57:29 ID:
 神社の起源は、アイヌ民族を先住民族に認めた麻生太郎総理大臣には、日本の縄文の人種の真実と同様に、「どうでもいいこと」である。
 麻生太郎は、アイヌ民族を先住民族に認めた。
 しかも、キリスト教徒の総理大臣でもあったのである。
  
 ロシアで、モスクワ民族にホロコーストさせられたり、大陸からモスクワ民族同様に軍事侵略をしてきた「豚鼻人種」がアイヌ人である。
 和人の常識ではあらゆる面でアイヌ人は縄文ではない。
 その大陸からやってきた大陸の旧土人(難民・侵略者)がアイヌ民族である。
  
 アイヌ民族の圧力で、富山県出身の知事は、日本社会党(北海道では、鈴木宗男の大地党が結党される以前は「アイヌの巣」)のクーデター計画で、知事になったようである。
 キリスト教徒の総理大臣の政府に、洞爺湖サミットなどで、豚鼻外来人種を先住民にする「嘆願」をした北海道の知事は、
 アイヌ派の「自民・公明」推薦のよそ者議員である。  
 無知・アイヌ顔の売国カルト宗教支持者を抱える、韓流どっぷり売国の「自公連立政権」推薦の知事であります。
 道産子の常識を知らないために、アイヌ人たちの書いた「大嘘書籍」の信者で、富山県出身者の、女性知事(高橋はるみ)である。
116 : 天之御名無主2011/01/16(日) 13:37:54 ID:
基本的には古代人の先祖崇拝のシンボリックな場所
おそらく元々のルーツは風葬地であったと思われますね

後から来た諸民族が自分たちの神様を上書きする形で変化してきたものと思います
117 : 天之御名無主2011/01/18(火) 09:35:58 ID:
>>1
神社全体の構造とか酷似した名称が他の国々にもあったかどうか自分で調べてみたら?
118 : 天之御名無主2011/01/18(火) 15:09:42 ID:
ちなみに高床式の建物だけなら全世界にあるからそういうのを調べても無駄かと
123 : 天之御名無主2011/01/28(金) 14:31:20 ID:
神社って誰かエライ人の住居が起源て話は?
124 : 天之御名無主2011/01/29(土) 16:42:19 ID:
そういう神社もあるかもしれんが、寺のほうが多いかな。
125 : 天之御名無主2011/02/01(火) 17:54:17 ID:
社/やしろ = 屋代
宮/みや = 御屋
126 : 天之御名無主2011/02/12(土) 16:21:19 ID:
神社の起源が北イスラエルのバアル崇拝だっていうのは本当なの?
ここに書いてあったんだけどw
127 : 天之御名無主2011/02/20(日) 13:58:35 ID:
折口のまれびと論は結局神社とは相反するのか?
まれびと論は基本来訪神であって常在神の神社とは無関係て解釈でいいのか?
そうすると沖縄のウタキはニライカナイの神という来訪神を迎え入れるための場所なので
神社の起源と相容れないところがあるような気がする。
折口−柳田の沖縄民俗論が最近勉強し始めた沖縄学を難解なものにしている。
128 : 天之御名無主2011/02/20(日) 15:12:23 ID:
神社って二重構造なのかも知れない
もともとあった起源と、後からそれを乗っ取ったというかその上に
かぶさったものと。
129 : 天之御名無主2011/02/20(日) 15:14:52 ID:
いつも家に泊まりに来る奴が居て、客用の布団を出していたが
そいつと結婚したんで、その布団はそいつの布団になった。

という事ではないかな。
何だかんだで信仰なんてものは、神が先にあるとは限らない。
手段と目的が入れ替わるなんてよくあるし
130 : 天之御名無主2011/02/23(水) 16:58:58 ID:
鳥居の起源は、エジプトのアケトアテンだと思うんだけどね・・・


--------------------------------------------------------------------------------------
テル・エル=アマルナでおこなわれた調査のおかげで、神殿の礼拝のほかに、
家庭でもアテン信仰がおこなわれていたことが証明された。

シリル・アルドレッドの説明は、つぎのようにつづいている。
「この種のどの家も、ある特定の特徴をもっていた。
主要な部屋ひとつに聖域(サンクチュアリ)がおかれていたのである。
その聖域は赤く塗られた柱をもつみせかけの入り口と・・・・・


「主がエジプト人を撃つた巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、
その入り口を過ぎ越される。
滅ぼすものが家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。」(出エジプト記12・23

                                
                 『出エジプト記の秘密』(メソド・サバ/ロジェ・サバ) より。
-------------------------------------------------------------------------------------------
131 : 天之御名無主2011/04/06(水) 17:42:08 ID:
トリイ(鳥居)は、ヘブライ語アラム方言で門という意味。
ユダヤの神殿の入り口にもトリイがある。

今日の神社は秦氏が創建して全国に広めていった八幡や稲荷が原型で、
秦氏といえばユダヤ文化も引き継いでいる大陸系渡来人だから、
無関係とは思えない。
137 : 天之御名無主2011/04/19(火) 00:01:47 ID:
始めは、人間の力の及ばないものを畏れ、崇めたのだろう
それは巨石でも巨木でも、彼方に見える巨大な山容でもいい
それから偉大な先駆者、強者が亡くなったあとにも崇めたのだろう
神社の境内で埴輪や須恵器が見つかるのは決して珍しいことではない
138 : 天之御名無主2011/04/19(火) 12:34:11 ID:
>>105
ヤマタノオロチは敵として描かれた神だよ。そもそも日本の神は西洋とは違って、悪だったりする。
それと神道は唯一神ではないので、鳥系でも蛇系の宗教でもない。キリスト教も違うけど
139 : 天之御名無主2011/04/20(水) 09:21:42 ID:
>>138
権力者が都合よく神話を改竄して、仇敵を悪者に仕立てている例も多いようだが、
本来、日本には悪神という概念は存在しない。

神は祟るため、畏れ敬う存在というケースも多いが、善神・悪神という二項対立は存在せず、
一柱の神にも、まったく異なる和魂と荒魂の両面があると解釈する。

たとえば、スサノオの乱暴を見かねて天照大神は天岩戸の奥に引き篭もってしまうが、
敵役のように描かれているスサノオという神は、悪の存在かというと、そうではない。
罪の穢れを祓うことによって、英雄として大活躍して、称えられ祀られている。

悪神・善神という発想は、日本神道の世界には存在しない。
善悪二元論を採るならば、神話の中で善神でなくてはならない筈の、
日神 天照大神にも荒魂が存在し、畏れられて祀られている事実との間に矛盾が生じて、
神道の世界観そのものが成立しなくなる。

破壊なくして新生はなく、人から見れば災害をもたらす荒魂(破壊神)も悪ではない。

善悪二元論ではなく、陰陽が流転する二元論が存在し、
神を畏れ敬い、罪や穢れを祓い、清らかな心で生きる道を説くのが神道である。

このような神道の根幹から外れる、見誤ったコメントは、できれば控えて頂きたい。
140 : 天之御名無主2011/04/21(木) 00:29:00 ID:
最後の一行が余計だったな
141 : 天之御名無主2011/04/21(木) 01:12:37 ID:
いや、ハッキリ言うがヤマタノオロチに関して言えば、宗教観でなく、政治的ゼスチュアのため(正当性を示す)に作られた完全悪だ。
142 : 天之御名無主2011/04/21(木) 04:50:14 ID:
>>141
独り善がり、一人合点の解釈はよくない。

なぜ、大蛇から剣が出てきて、スサノオのものとなり、皇室の力の象徴となったと思う?
ヤマタノオロチが完全悪ならば、邪悪な大蛇の力の象徴を手にした天皇は完全悪を手にした存在なのか?

少し考えれば、こういう内部矛盾が生じるため、完全悪という扱いには無理があることが分かる。

誰もが恐怖で石化するほど、醜い蛇の髪の毛をした女の怪物を退治して、
その頭を盾に取り付ける西洋の発想とは、根本から発想が違う。
八岐大蛇から得られた力は、醜く穢れたものでもなければ、悪の存在でもない。

時代が時代なら、皇室に対する不敬罪を問われて投獄される理由になりかねない。
143 : 天之御名無主2011/04/21(木) 04:51:35 ID:
常識や固定観念を無視して、自由な発想で物事を考えることが、
ときに良い結果をもたらすこともあるが、
素人考えでデタラメを書いていると受け取られてしまうこともある。

神道の体系を理解しようとせず、
現代人が子供の頃から学んできた、西洋型の思考様式を、そのまま適用しようとすること自体に無理がある。
宗教や神話を理解するには、まず、その宗教や神話を作って語り継いでいる民族の、
伝統的な発想や世界観や価値観を理解するように務める必要がある。
それを抜きにしたアプローチは、的外れで出鱈目な解釈の山しか生み出さないケースがほとんどだ。

陰陽流転する要素を考える世界観を理解するには、二つの巴を描いた、大極図と呼ばれる図形が役立つ。
東洋的発想を理解するために描かれた図形の意味を悟ることから始めれば、道は開けるだろう。
144 : 天之御名無主2011/04/21(木) 04:55:51 ID:
とはいえ、どうしても現代人は、西洋型の発想を用いて理性的に解釈したがる。
オカルト(迷信)の世界に、科学的視点からの考察を持ち込みたがる。
スサノオの神話を西洋型の学術的視点から本格的に分析するとどうなるか、試みてみよう。

深層心理学の夢解きの視点から考えるならば、
大蛇は、乱暴狼藉を働いて荒れ狂う、スサノオの心そのものを意味している。
それを制して神剣を得て天照大神に差し出したということは、
荒れ狂う自分の心をコントロールして、皇室の力として役立てられる状態に昇華させたということになる。

深層心理の世界に存在する原始的な心のエネルギーは、未発達で未熟なままでは制御できない。
それらは制御できないから暴れているため、擬人化すればモンスターの姿をとるしかないが、本来は悪ではない。
原始的な心のエネルギーを、悪の存在と考える善悪二元論は、ここでも意味がない。
そのエネルギーを生かすも殺すも、本人次第で、善にも悪にも相対的に変化する。

スサノオは未熟だったため、
男なら誰もが持っている衝動をうまくコントロール出来ず、乱暴狼藉を働いて、罪を犯して穢れてしまったが、
荒れ狂う心を制する冒険の旅に出て、その象徴である大蛇と対決して勝利することで、
自らの心を律することができる、一人前の男に成長して、英雄として称えられたのだ。
146 : 天之御名無主2011/04/21(木) 09:55:49 ID:
設定下手なのはわかった
長いわりに中身がない
147 : 天之御名無主2011/04/21(木) 13:36:02 ID:
>>142
根本的に全く見当違いの話をしている。
政治的ゼスチュアとして考えたら、支配権の移行に象徴を取るのは当たり前の話。
そもそもメデューサカの首もアテナに捧げられたのに、天皇家とは違うとか意味不明だ。
148 : 天之御名無主2011/04/21(木) 14:29:10 ID:
ヤマタノオロチもメデューサも「敗北した神」なんだけどな〜
どちらも新来の信仰が入り込む以前の古い時代には神として崇められていたのさ

アポロンに殺されるデルフォイの竜(ピュトン)とか、同様の例はいくらでもある
決して「作られた」なんてもんじゃないよ
149 : 天之御名無主2011/04/21(木) 15:21:28 ID:
悪神であると言う部分が作られてるって話だろ。
政治的ジェスチュアの意味を考えてないね。
150 : 天之御名無主2011/04/21(木) 15:50:26 ID:
>>149
信仰が交替する過程にはそもそもさまざまな要因があってだね、ことさらに政治的な要因のみをうんぬんするのは一面的だよ〜ん

そういう一面的な「作られた」議論を成す人が、対象の神話を「作られたモノ」だと言ってるなら、それはただの自己投影ってもんだ
151 : 天之御名無主2011/04/21(木) 16:22:14 ID:
>>150
中身ゼロだね。
152 : 天之御名無主2011/04/21(木) 16:27:01 ID:
>>151
では中身のあるレスをドゾー
153 : 天之御名無主2011/04/21(木) 19:12:25 ID:
>>152
めんどくせえなぁ…全く
ヤマタノオロチは、八の門と桟敷と酒をもって誘いこまれたのは、記紀の通りだが、
これは、本来、崇め奉る神に対する歓迎の儀式に他ならない。
水神として知られるオロチは本来、水神だけでなく、その上にある山の神でもある。
また、雨を降らせる雷神という一面も併せ持つのが古代の蛇神の特徴である。
154 : 天之御名無主2011/04/21(木) 19:13:03 ID:
蛇神伝説の多くは、氾濫をおこす恐ろしい魔神のような言い伝えを残す場合が多いが、「ナイルの賜物」で有名だが、
氾濫は、肥えた土壌を運ぶ恵みをもたらす存在でもある。正に農耕の神でもあるのだ。
農耕民族が何故に豊穣を約束するオロチに対してスサノオによる討伐を期待するだろうか?
155 : 天之御名無主2011/04/21(木) 19:13:31 ID:
クシナダ姫は、古くから稲田の象徴でもある神とされる。稲田(クシナダ)と水神(オロチ)は、本来、水田の守り神である。
スサノオがそこにさっそうと現れて、対の存在水神であるオロチから水神でもない癖に稲田の神をかっさらって、
おまけに王権の証しまで、取って行くことに何の正義があろうか?
本来なら、スサノオは殺されるべき存在だが、伝説に残ったのは、氾濫を起こし、姫をさらいに来る悪神の姿だけである。
これが朝廷によって「作られた」悪神出ないと言う理由があるだろうか?
156 : 天之御名無主2011/04/21(木) 21:24:55 ID:
>>153-155
俺説サンクス
しかしねぇ、インドラやマルドゥクの例でも分かるように、新来の天空神(=雷神=雨神)が古い蛇神を調伏するってのは、神話類型として別に珍しいものでも何でもないんだなぁ

しかもこの信仰交替の時期を、記紀編纂の時点にまで繰り下げようとするなんて、いかにも「作られた」、「政治的ゼスチュア」に過ぎない議論だわ
157 : 天之御名無主2011/04/21(木) 21:36:03 ID:
>>155
追記
オロチの尾から出た草薙剣を高天原に奉ったという現行の結末は、いかにも蛇の尾ならぬ「蛇足」、だね
この部分はおそらく、スサノオ神話が朝廷に取り込まれる過程で改変を受けただろう
本来はここはスサノオが「自らの威力の証」としてその剣を手にし、出雲に王権を打ち立てたという筋であったはずだ
(俺説だけどな)
158 : 天之御名無主2011/04/21(木) 21:38:47 ID:
>>157は、>>156の追記って意味な
159 : 天之御名無主2011/04/21(木) 23:01:02 ID:
>>156-158
これが俺個人の説とか・・・痛すぎ。
お前、ちゃんとした本とか読んだことねえだろ。
しかも完全に論点をずらして話している。

それからオロチの体から出た剣を切ったがためにスサノオの剣は、欠けてしまう。
この記述から見てもオロチの剣は、鉄を意味する。産鉄と倭王権のネタは、枚挙が無い。
それから、お前の書き込み読んでるとオロチがヤマタの理由が何を意味するかさっぱり理解していないだろ。
ちょっと、勉強してから出直してこい。
161 : 天之御名無主2011/04/21(木) 23:14:14 ID:
>>159
なんだ、俺説じゃなくてトンデモ本の受け売りか〜

急にオロチの剣が鉄だとか誰でも知ってるネタ出して来てるけど、それこそこの神話を読みとく論点から微妙にズレてるよ
オロチは洪水神なんだろ?
162 : 天之御名無主2011/04/21(木) 23:19:37 ID:
>>161
本当に痛いな、お前は。
そもそも鉄が何で出てきたか分からないとか、痛すぎるな。
ヤマタノオロチはどこの物語だよ。それが分からんということは、お前はものを語る資格が無い。
消えろ
163 : 天之御名無主2011/04/21(木) 23:51:48 ID:
>>162
分からないじゃなくて、ズレてると言ってるんだよ
勝手に他人の言い分を捏造しないでほしいね
煽ったりキレたりする前に、もう少し説得力のある議論をしては如何かな

まあ2ちゃんのレスすらちゃんと読みとけない人に神話が読みとけるとは到底思えないけど
164 : 天之御名無主2011/04/22(金) 00:03:07 ID:
物は知らんわ寝言は言うわ。
本当ウザいわ、お前は。で?なんで、鉄が出てきたかわかったのかよ
165 : 天之御名無主2011/04/22(金) 00:09:41 ID:
>>164
川から砂鉄が採れるんだろ?

で、「あんたの議論の中で」なんで鉄が出てきたのかは、あんたはまだ語っていないのだから、もったいぶらずに語りたまえ
166 : 天之御名無主2011/04/22(金) 00:15:40 ID:
砂鉄?それだけか?もっと調べてこいよ。
俺は、もう上で書いてるから、ちゃんと読み直してこい
167 : 天之御名無主2011/04/22(金) 00:27:01 ID:
>>166
>産鉄と倭王権のネタは、枚挙(にいとま)が無い

いくら読み直しても、それこそ「たったこれだけ」のほのめかししか書いてないぞw
168 : 天之御名無主2011/04/22(金) 00:31:58 ID:
そら、そうだろ。
お前は知識が無いから、その意味が理解できてないんだから。
もう遅いから寝るけど、もうちょっと、勉強してこい。
ヤマタの意味と鉄の意味とオロチとクシナダ。
スサノオの性格が変わった意味から調べ直してこい。
171 : 天之御名無主2011/04/22(金) 05:19:08 ID:
どっちもさっさと知ってる事全て話しやがれってんだ、べらぼうめ
何も話が進んでないのにスレだけ進ませやがって
172 : 天之御名無主2011/04/27(水) 00:51:10 ID:
桜ってサのクラ、稲の神の降りる場所って
何かで読んだけど、本当?
174 : 天之御名無主2011/05/09(月) 02:30:54 ID:
桜終わっちったじゃん!

端午…も終わったし…水無月之大祓かな

…雨上がりの境内、暮れなずむ夏至の陽、水溜まりに映る紫陽花…
いつの間にか行灯の列にお明かり、嬉しそうな下駄の音、
水無月豆富のつめたさ、涼しげな浴衣が「お晩です」…

うん、神道いいな!
175 : 天之御名無主2011/05/24(火) 02:04:53 ID:
どうでもいいトンデモ説を絶対的に信じ込んでるやつに限って、
そのトンデモ説を出し惜しむ傾向がある
183 : 天之御名無主2011/08/17(水) 01:49:34 ID:
ヤタガラスの存在は、組織としての存在は、
神社に影響を与えているもんですか?
ヤタガラスの組織が、ある、なし、の意見は分かれると思いますが、
もし存在するものとして考えるなら、
今現在の神社の有り方に影響を与えているのか、
それとも、日本の政治になのか、また、あるいは皇室なのか。
そもそも、神道とは関係ないのか。
実際、ヤタガラスはどんな位置づけで考えられているんですか?
184 : 天之御名無主2011/08/17(水) 01:58:04 ID:
八咫烏が組織?何の組織?
どこのゲームの設定?

マジレスすると八咫烏は起源がわからない。
記紀は8世紀だから後から追記された可能性がある。
朝鮮の古墳の副葬品からは同じ文様が見つかっているから
何らかの繋がりはあると考えていいだろう。
扱い、位置づけとしては「道標」。
185 : 天之御名無主2011/08/17(水) 08:19:46 ID:
日本で一番古い神社はどこ?
186 : 天之御名無主2011/08/17(水) 19:10:25 ID:
>>185
諸説入り混じってここという定説のないのが実情。
最古の定義についても、本殿など建築物そのものをいうのか
神祀りなどの儀式を行ったことをいうのかによっても変わってくる。
・大神神社(三輪神社):奈良県桜井市
・石上神宮:奈良県天理市
・大己貴神社:福岡県筑前町
・宇治神神社:京都府宇治市
などが最古級とされている。
187 : 1852011/08/19(金) 10:59:56 ID:
>>186
建築物は地震や火事で古いのはあまり残ってないと思います。
自分は儀式の意味で聞きましたが、とにかくありがとうございます。
188 : 天之御名無主2011/08/25(木) 02:07:36 ID:
大昔の神社って毎回仮設じゃなかったっけ
189 : 天之御名無主2011/08/29(月) 04:32:39 ID:
昔、田舎の山奥を歩いたとき、大きな岩と小さな祠があった.

帰って調べると、地図には小さく記された神社だったけど、信仰の始まりはかなり古いんだろうなと思った.
190 : 天之御名無主2011/09/02(金) 22:30:35 ID:
下鴨神社は賀茂御祖皇大神宮がいにしえの正式な称号。
//上賀茂神社は賀茂別雷皇大神宮。
ぶっちゃけ、どちらも皇室のご先祖さまと言う位置付け。(宗廟)
だから永年、葵祭は盛大かつ厳かな勅祭(天皇が関わる)。
単に地主神と言うだけではアリマセン。

んで、下鴨神社の祭神の賀茂建角身大神は別名、八咫烏と公式に言われます。
一説に、賀茂大御神(古代、天照大御神成立以前に唯一「大御神」と尊称される)。
こと、味鍬高根彦神/阿治須気高彦根神と異名同神。
=大国主命/大己貴命と須世理比売命との御長子。(須佐之男命の直系長子)
(カモ=神。/後世、「カモの公(キミ)は神の君(キミ)」と言われた)

妄想・・・
♪カラスなぜ鳴くの?・・・
須佐之男命(八)の出雲(八)の七御子(八御子と言われますが実は七御子)の御事?。
須佐之男命(フツシ/亡命王族フツの子息)の錦の御旗には日輪に八咫烏が旗印(大国主/大王旗)だったか?
191 : 天之御名無主2011/09/02(金) 22:39:30 ID:
カラスは日本に限らず、多数の神話に出てくる

かしこい鳥だから、古代から人間にまとわると効率よく食物が入手できると
学んだのだろうな
192 : 天之御名無主2011/09/03(土) 13:44:45 ID:
>>186
神祀りは、縄文時代からあるが、「神道」は平安時代に仏教に対抗して構築された宗教。
それ以前には、「神道」って言葉自体もなかった。
cf.高取正男『神道の成立』
193 : 天之御名無主2011/09/05(月) 01:21:03 ID:
欽明天皇年間に仏教伝来当時の朝廷や知識人の認識は外国のお偉い神様。
中央(朝廷)に仏像などが伝来したのは百済からの正式な外交ルートに因るため、むげにもできず困惑した。と言うのが本音。
(当時、ヤマト朝廷は親百済の路線)
とりあえず、外交チャンネルの責任者で有った蘇我氏に「私的に」お祀りさせて「外国神様」のご利益ほかの成り行きを試させたのが公式な端緒。

当然ながら、神道と言う呼称と認識はありません
この後、欽明、敏達、用明と
度々起こる飢饉や天然痘の大流行(数年毎)が絡んで
物部氏と蘇我氏の論争から権力闘争。
・・・物部氏による寺院の焼き討ち、仏像の廃棄、僧侶や尼僧の強制的還俗などの事件も有ります)
更には蘇我氏は物部氏の包囲網を形成して内乱〜物部宗家の滅亡へと流れていきます
この時期、数多の神社が創建されています。
また、寺院も本格的に建立されだします。
天皇ご自身も物部と蘇我のハザマで困惑し揺れ動いています。
194 : 天之御名無主2011/09/11(日) 20:01:24 ID:
>>189
シャーマンの祷りの場という意味ではそうだろうね。
195 : 天之御名無主2011/09/12(月) 09:39:03 ID:
>>194
山の中の祠は修験者が祀った物が多いからほとんどはそこまでさかのぼれないんじゃないかな。
不動とか秋葉権現みたいなのが多いよね。
196 : 天之御名無主2011/09/12(月) 20:50:37 ID:
石は、子宝に恵まれますようにという願いが多い。
古くは縄文までさかのぼり、新しいのは、江戸時代にもある。
ちゃんと調べないとわからないよ。
198 : 天之御名無主2011/09/16(金) 17:12:22 ID:
高山祖霊信仰〜神奈備山に磐座を組んで、麓に拝礼所を営む。

・・・出雲熊野大社や大神神社など。

そんなに都合良く神奈備山の要件に該当する物件と数は有りませんから、
コンモリ人工の墳丘を造り祭祀?

二上山の祭祀のごとくに、高い方に神を祀り、低い峰から祭祀。・・・前方後円墳の興り?

古社には、古墳を御神体にしているモノも結構有ります。
201 : 天之御名無主2011/09/25(日) 02:34:10 ID:
「神社(かみのやしろ)」の起源の定義は、ヤマト王権を基準にするしかないだろうよ
ヤマト王権以前の土着祭祀を範疇に入れると、平気で縄文まで行くからなw

三輪にせよ宇佐にせよ阿蘇にせよ、そのへん考慮しないと線引きが不可能になる
202 : 【△】火(男性)と水(女性)【△】2011/09/25(日) 10:10:53 ID:
1933の年をよく調べて見ろよ。日本が国連から脱退伊勢神宮に報告。ルーズベルト、ヒットラー…天皇もお生まれになっている年だ。灯籠のカゴメ紋は終戦からだ。天竜川のフモトにある諏訪湖では毎年8月15日(終戦日)に花火が打ち上げられている。それが現実だ…
214 : 天之御名無主2011/12/06(火) 21:37:02 ID:
神社って、稲荷信仰ではないのに、ひっそりと端っこに稲荷があるのは
どうしてですか?
215 : 天之御名無主2011/12/06(火) 23:43:43 ID:
>>214
そういう境内にある小さな祠って稲荷とは限らない気がするけど
216 : 天之御名無主2011/12/07(水) 00:25:45 ID:
>>214
農産の神だから。
なにはなくともそれがなくては生きていけないから。
同じくらい切実なものとして、
疫病避けの津島とか火伏せの秋葉とかもどこにでもあるよ。
217 : 天之御名無主2011/12/07(水) 06:28:01 ID:
>>213
神社という施設に限定すれば、そのイワクラと祭祀の場所が起源か
建築物としてはその後の御屋、家代になるのかな
あとミアレ所とか
218 : 天之御名無主2011/12/10(土) 08:52:31 ID:
古代イスラエルの三種の神器を置いておく場所
日本の神道はユダヤ教の末裔だ。
223 : 天之御名無主2012/01/16(月) 12:19:04 ID:
古代の神は、木や石を祭ってたからね。 高木神>高御産巣日神:高皇産霊神 たかみむすびのみこと
うちの地方では大きな石が二つ重なったのを祭っている。

古代の神社(7世紀頃)は大抵は先祖の神を祭ってる。 それにより自分の氏族を明らかにする。
中世になると中央政権が地方の民を手なづける為に神社をたてて行った。

多くの神社は、土地に祭られていた小さな神社を移転して祭るようになってきた。
また村民の気持ちを掴むには稲荷信仰を無視する事が出来なかったからお稲荷様も祭っている。
224 : 天之御名無主2012/01/17(火) 02:21:19 ID:
>>223
枝葉だけど、ちょいと修正。
地方を治めるため意識的に神社を使う手法は、奈良末期には始まってるんじゃないかと。
少なくとも平安初期から盛大にやってる。
225 : 天之御名無主2012/01/17(火) 05:46:19 ID:
そもそも神社って武器庫の側面がありますし。
226 : 天之御名無主2012/01/18(水) 00:47:36 ID:
お前らこれ見ろ
227 : 天之御名無主2012/01/18(水) 01:40:22 ID:
>>225
確かに御神体が武器だという例は一般的だけど、
石上以外で具体的社会的にそういう記録がはっきりしている例ってある?
ツッコミじゃなくて教えてほしいという気持ちですが
228 : 天之御名無主2012/01/18(水) 05:47:47 ID:
>>227
大変申し訳ない、石上神宮のみを見据えた発言でした。
他の諸賢に託します。
229 : 天之御名無主2012/01/19(木) 15:38:03 ID:
社殿とうい事であれば意外と遅かったように思う
三ノ宮レベルであれば平安初期にはあったように思うが、
それ以下は江戸期まで祠程度のものが多かったのでないかな?
稲荷や若宮などもそのころ氏神や屋敷神だったものが勧請され
置き換わったものがほとんどだと思うが
230 : 天之御名無主2012/01/20(金) 02:17:46 ID:
確かに、自分たちの神社を立派にしようという動きが本格化するのは
国学以降でしょうね
でも、社殿がないのがより古い形、というのが神社定義の定説だからw
231 : 天之御名無主2012/01/25(水) 10:16:19 ID:
岩屋、いわや、窟
232 : 天之御名無主2012/02/10(金) 11:29:50 ID:
一番古い神社というか拝む対象は
毎日東から登って来る
233 : 天之御名無主2012/02/12(日) 06:45:58 ID:
神社ではなく鳥居の話だけれども、
中国韓国の「社稷」の門?が日本の鳥居にそっくりと言うのは、今まで知らんかった。
236 : 天之御名無主2012/04/07(土) 01:09:55 ID:
そういえば活断層の上に神社が立つことが多いのは
風水が関係あるのかな
238 : 天之御名無主2012/05/19(土) 12:22:29 ID:
落石や山崩れの跡、危険な巨石の下などには
土地を鎮めるために不動さまを祀ったり神明社を建てたりすることが多いから
断層跡も同じなんじゃね?
239 : 天之御名無主2012/05/19(土) 18:25:05 ID:
そういう時はよい地形でなく、所有者がいない放棄地なので
作りやすかったということはないのかな
243 : 天之御名無主2012/05/29(火) 13:11:43 ID:
>>233
「紅箭門」だな。
関連性は指摘されているけれど「紅箭門」が鳥居の原型というのは否定的な見解が多いように思う
244 : 天之御名無主2012/06/22(金) 22:14:30 ID:
すく「風水」とか「陰陽師」とか言い出すのは
アニヲタの悪い癖
245 : 天之御名無主2012/06/24(日) 01:33:01 ID:
諏訪神社も、本殿はなく拝殿のみ。
ご神体は背後の山。

オオミワ神社を同じ
246 : 天之御名無主2012/06/25(月) 12:34:42 ID:
神社について質問させて下さい。
今仕事で神社の移転について検討しているのですが、
そもそも神社を建築するにあたっての『定義』みたいなものはあるのですか?
鳥居がないと神社として成り立たないなど・・・
法律などといった確かなる証拠が欲しいのですが、どなたか教えてください。
よろしくお願い致します。
247 : 天之御名無主2012/06/25(月) 14:42:23 ID:
>>245
より古いということですね
沖縄の御嶽もそうだ

後で隣に社殿を建てたものもあるだろうから最古とは言えないかも知れないが
248 : 天之御名無主2012/06/25(月) 22:01:13 ID:
>>246
神社本庁に聞くのが確実で手っ取り早い
249 : 天之御名無主2012/06/29(金) 00:03:13 ID:
神社の移転は可能だろうけど,そもそも神社を移転することは神様的にはどうなの?
場所が移ったのでミタマはおりません.モノだけありますってな感じ?
250 : 天之御名無主2012/06/29(金) 02:42:11 ID:
>>249
取り敢えず御神体があれば大丈夫なんじゃない?
相応しい場所、望ましい場所ってのはあるだろうけど
251 : 天之御名無主2012/07/01(日) 10:23:48 ID:
極端な話、封じるってのは、力が発揮されない場所に移すって事だしな

力が発揮されるぎるとか、歪んで発揮されるとか、周りの別物と干渉するとか、
取り扱い次第で災いを伴うのが祭神だと思うけど
252 : 天之御名無主2012/07/22(日) 22:18:25 ID:
神が望む場所ってのがあるから一緒に探すらしいな。
254 : 天之御名無主2012/07/26(木) 20:27:47 ID:
奈良の三輪明神の本家だという神社について紹介されている方がいるのですが、
他に情報が見つかりません。事実なのでしょうか。

「三輪神社 分家 宝来」でぐぐるとそのサイトが出てきます。
255 : 天之御名無主2012/07/28(土) 13:30:37 ID:
事実など確認のしようはありません。
いくらでも真実を疑えますし、いくらでも嘘をねつ造できます。

ただ一つ言えることは、
本当に由緒ある所で、何かの主張をする際に必死になる姿は
あまり見かけません。
256 : 天之御名無主2012/07/28(土) 19:34:36 ID:
古代日本正史(原田常治)で
確認取れるものなのかな
257 : 2542012/07/29(日) 01:20:43 ID:
どこから出た話なのかが知りたくて。
その神社が本家だと言ってるのかな。
だとしても一般に知られてないのは変な気がします。
近ければ行ってみるのだけど。
258 : 天之御名無主2012/08/05(日) 23:40:03 ID:
本当に知りたいのなら遠くても行くがいい.
259 : 天之御名無主2012/08/09(木) 07:11:36 ID:
神というのはシャーマニズムが進化したものだろう。
恐れを基本とする「オカルト」の類を計り名づけ人の力で解決してきた。
その術が占いとなり非知を知とする為の予言を授かる為に形而下の事象を
形而上の類として知的に扱うと全ての現象は分からない何かではなく
科学的に捉えられるものと捉えられない何かに分類され、その中間が
無数の神として恐れ避けるべき術となって祭りという行為として進化して
きたのではないだろうか?
260 : 天之御名無主2012/10/13(土) 06:15:30 ID:
神社があるのは磁気的に特別なエリアだとおもう。
例えば原生林を歩いていても磁気異常地帯があってそこだけ植生に異常が見られたり
精神状態に変化が生じたりする。そういう場所。感覚の鋭い人ならすぐわかるはず。
262 : 天之御名無主2013/01/27(日) 22:39:26 ID:
ある一族が神(この場合は純然とした祖神、氏神)を地域に祀る
=その地域を支配した事の象徴。
別系統の一族に支配権が移ると前の神は破棄(神殺し、神隠し)されてその一族の信奉する神様に総入替、塗り替え。
これが世界中に普遍的な人の営み。


神社の立地の一つには断層帯の上や近傍にある事が多いこと。
これは、前レスの方が言う電磁波が断層境界面で発生(ピエゾ、圧電現象による)放出する事が観念的、経験上合致した結果かと。
また、大きなシステムとして神霊結界を形成しているのも周知の事実。
レイラインはその一端。
カゴメ神霊結界で囲め!
そのために古代には国家による測量専門部門が置かれ活動。

宮居が変動するごとに結界も再編成(重要な神祇の神社を移動)を繰り返していた模様。

近畿は古代から近代までの天皇、大王の宮居を守護し結界。
東京は徳川期の江戸城、明治以降は皇居を守護し結界。
265 : 天之御名無主2013/02/28(木) 03:49:29 ID:
いわゆる沖縄の御嶽のような所は別として
本来、神社は「暦」として作られている。

古い大社の相互の位置が冬至・夏至と関連し
その神社そのものが、付近の目立つ山や島などを目印に、
冬至の日にその山の山頂から太陽が昇る位置に建てられている。
そのため、鳥居の建てられる角度も厳密に決められている。

これは死と再生の思想であって汎世界的な物だよ。
ストーンヘンジ、モヘンジョダロ、インカのエジプトのピラミッドなど基本思想は同じ。
266 : 天之御名無主2013/02/28(木) 04:11:27 ID:
これは、いわゆる国家規模の造営であって、
その建設場所を確保するためには大きな権力が働いた事は言うまでもない。

では、普通に聖地に作られている神社はどうか。
これははっきり言って、その土地のどこに建てても良いようで大きな意味は無いようだ。
幕末の写真などを見ていても、神社の位置が大きく変わっているのは極普通で、
また、そういう記録も多い。
神社の総大本とも言うべき秦氏の天照御魂神社ですら、大きく位置を変えている。
これは、後代に出来た他の大社との位置関係を修正したからのようだが、
つまりは、神社の「もと」が地磁気であるとか、御神木の生えていた場所であると言う根拠は何も無い。

特に、沿岸地帯の神社はその前身が明らかなる「砦」だった痕跡が強く、
また、高地にある古い神社の場合、かなりの確率で高地性住居の縄文遺跡があり
荒神信仰があることから、荒神、つまり元始信仰の塚であった可能性も高く、
その上に「抑え」として築かれたと考えられる。

現に、三輪山、諏訪や宮崎の諸県山などは、古くから荒神の塚があるという言い伝えや記述があるが、
現在においても塚は発見されていない。
277 : 天之御名無主2013/06/09(日) 15:53:48 ID:
一説に藤原(ふじわら)はホゼ・ワラで縄文(沖縄やアイヌ語に残る)古語の転訛で、
その意味は、、ホゼが百済。ワラが倭国(どちらも国とか領地の意)。
「百済倭国」、「百済の国」??!
後の奈良(なら)もハングル由来の国の意味、

天皇から賜った一氏族の氏が一国の都の名前(藤原京)に冠せられる不自然さ。
278 : 天之御名無主2013/06/09(日) 18:26:44 ID:
>>277
wikipedia「藤原京」
>藤原京の名称は近代に作られた学術用語であり、『日本書紀』には登場しない。
>藤原京の名称は近代に作られた学術用語であり、『日本書紀』には登場しない。
>藤原京の名称は近代に作られた学術用語であり、『日本書紀』には登場しない。
279 : 天之御名無主2013/06/15(土) 20:35:48 ID:
藤原氏が渡来氏族ならなんだって縄文語に由来する名を名乗るのよ
280 : 天之御名無主2013/06/19(水) 13:42:31 ID:
藤原って皇族のお姫様が住んでた地に一族が移り住んで藤原を名乗り始めたと言うだけだぞ。
281 : 天之御名無主2013/06/20(木) 00:34:59 ID:
藤原は天皇が与えた姓でね?
282 : 天之御名無主1970/01/01(木) 00:00:00 ID:
鎌足が高市郡藤原の出身だったから藤原朝臣の姓を天智天皇からもらったの。
だいたいもともと中臣だろうが
285 : 天之御名無主2013/10/24(木) 18:08:22 ID:
そもそも、各地の古代豪族の総称だったよね・・中臣藤原氏って・・
確か、鎌足の時代辺りだったな、総称日本姓たまわり期って・・
何処かのサイトでは、一例で百済渡来が日本姓たまわり、在原氏となって、一代で出家し、
歌人の平民化したとかなんとかと言ってたサイトあったけど・・
百済渡来の一例的に高野氏とか以前に中臣藤原氏がそうだとすると、百済渡来のクグツ師と同族だとすると
同和に藤原姓多い理由が、東北の藤原南家の藤原仲麻呂=恵美押氏ゆえだけでの同和の藤原氏と言うわけだけでも無さそうだな・・。
286 : 天之御名無主2013/10/26(土) 00:19:10 ID:
完全なデタラメだな
どこかのサイトじゃ話しにならない

藤原の始祖は中臣、中臣の始祖は大鹿島
大鹿島とは鹿島神で鹿島神宮の宮司の家系だろう
さらに遡るとニニギ天孫降臨に同行したアマノコヤネだと言う
287 : 天之御名無主2013/10/27(日) 04:03:09 ID:
多氏と宇佐氏が気になるんですよね。中臣氏のルーツを考える上で。
288 : 天之御名無主2013/11/07(木) 19:26:40 ID:
藤原と出雲は関係ある?
出雲には藤原姓がやたら多いのだ。
289 : 天之御名無主2013/11/07(木) 19:40:33 ID:
>>288
卜部氏発祥の藤原氏とか
悪党・大和朝敵賊軍に括られた蝦夷寄りの一族など奥州勢は皆、出雲管理の国津神に分類されてる。
藤原だと、藤原仲麻呂の藤原南家や藤原北家の奥州藤原氏などだと思う。
290 : 天之御名無主2013/11/07(木) 20:38:16 ID:
>>288
藤原姓は7世紀後半から始まった姓なので
後世に藤原姓の権力者が移住したのだと思う
古代の出自は関係無いと思うが

石見の藤原氏が関係してるかも
295 : 天之御名無主2013/12/18(水) 18:06:34 ID:
出雲大社もだが
新羅神社が一番古いから思う。
新羅大明神=素戔嗚尊=天照皇大神崇拝だから・・
296 : 天之御名無主2013/12/19(木) 00:39:51 ID:
諏訪大社の方が古いだろ
297 : 天之御名無主2013/12/19(木) 20:05:00 ID:
諏訪大社

御鎮座の年代、起源等の詳細については知るすべもありませんが、我国最古の神社の一つに数えられます。

神功皇后の三韓出兵や坂上田村麿の東夷平定にも神助ありと伝えられ、東関第一の軍さ神、武家の守護神とも尊ばれて来ました。

伊佐須美大明神(伊弉諾尊、伊弉冉尊、大毘古命、建沼河別命)

社伝では、紀元前88年(崇神天皇10年)、四道将軍大毘古命と建沼河別命の親子が蝦夷を平定するため北陸道と東海道に派遣された折、出会った土地を「会津」と名付け、天津嶽(御神楽岳)山頂に国土開拓の祖神として諾冉二神を祀ったのが起源という。

鵜坂神社

現在は淤母陀琉神・訶志古泥神を主祭神とし、鵜坂姉比?神・鵜坂妻比?神・大彦命を配祀するとしている。

大正時代に旧鵜坂村内の神社を合祀したことにより、以下の神を合せ祀る。
天照皇大神・豐受大神・譽田別大神・豐玉姫命・倉稻魂神・建御名方命・水波賣神・天兒屋根命
301 : 天之御名無主2013/12/23(月) 11:29:14 ID:
厳密には、新羅系統の天津神は、下記の通り大陸渡来の秦国地域からの渡来倭人の信仰神。
新羅大明神は、素戔嗚尊の事で宇迦之御魂神が素戔嗚尊の子神
宇迦之御魂神は、秦氏の氏神
素戔嗚尊は周代の現在の四川省チベット人自治区からの渡来。
自動的に、天照皇大神が素戔嗚尊の姉神だから同地域出身の筈。
302 : 天之御名無主2013/12/23(月) 11:32:12 ID:
秦氏と倭人の民族的交わりは、ほぼ=な血縁なのは、神話から歴史、遺伝的にも明らか。
303 : 天之御名無主2013/12/23(月) 12:11:05 ID:
出雲大社

祭神:大国主大神
祭神の変化[編集]出雲国造新任時に朝廷で奏上する出雲国造神賀詞では
「大穴持命(大国主大神)」「杵築宮(出雲大社)に静まり坐しき」と記載があるので、この儀式を行っていた平安時代前期までの祭神は大国主大神であった。
やがて、神仏習合の影響下で鎌倉時代から天台宗の鰐淵寺と関係が深まり、鰐淵寺は杵築大社(出雲大社)の神宮寺も兼ねた。
鰐淵寺を中心とした縁起(中世出雲神話)では、出雲の国引き・国作りの神を素戔嗚尊としていたことから、中世のある時期から17世紀まで祭神が素戔嗚尊であった。
14世紀「当社大明神は天照大御神之弟、素戔嗚尊也。八又の大蛇を割き、凶徒を射ち国域の太平を築く。」
と杵築大社(出雲大社)の由来が記され、1666年(寛文6年)毛利綱広が寄進した銅鳥居に刻まれた銘文には「素戔嗚尊者雲陽大社神也」と記された。
さらには、鰐淵寺の僧侶が経所で大般若経転読を行い、社殿では読経もした。
また、江戸時代初期には社僧が寺社奉行と杵築大社(出雲大社)の運営管理に関する交渉を実施していた。
ところが、杵築大社(出雲大社)内は仏堂や仏塔が立ち並んで神事が衰微したため、17世紀の寛文年間の遷宮時に出雲国造家が神仏分離・廃仏毀釈を主張して寺社奉行に認められ、
寛文4年から寛文5年にかけて仏堂や仏塔は移築・撤去され、経蔵は破却された。
これに併せて祭神は素戔嗚尊から、古事記や日本書紀などの記述に沿って大国主大神に復した。

孫の大国主神と祖父の素戔嗚尊が時代時代で、主神の立場を交代している神社ということだね。
でも、ほとんど、素戔嗚尊神社だね。
祀られてる合祀されてる神々見てると、素戔嗚尊の子孫の神々で大国主神は、その一神に過ぎない。
313 : 天之御名無主2014/11/19(水) 02:27:27 ID:
神とは紙であり神産みの秘密とは紙産みの
製糸(製紙)技術の秘密。
高度な製糸(製紙)を保有していたのは
日本の神社や平安京を作った秦氏。
つまり糸(ヒト)を紙(神)に変える、紙(神)に記録する
という秦氏自信の製紙(製糸)技術を自画自賛して
秦氏自信の権力の象徴を紙(神)として敬うフリをしたわけである
紙(神)様は偉いと崇拝の対象にすることで
秦氏の持つ紙(神)の利権、製紙(製糸)の利権を独占してきた
わけである。
ようするに神社仏閣とは糸(ヒト)と紙(神)を朝廷に売るための
秦氏の商売道具なわけである
重要なのはおみくじやら、神託やら、ことのりやら
朝廷の神階整理やらで紙(神)を消費させることにあった
わけである。彼らの目論みはかない日本は
秦氏の作る紙(神)無しでは立ち行かぬ紙(神)の国と
なったわけである。
まあ彼らは商売上手であったわけである
315 : 天之御名無主2015/02/18(水) 10:23:45 ID:
>>313 出鱈目。 秦氏と製糸(織物)との関係は文献にも出てくるが製紙との関連は見た事が無い。 どこに書かれてる?
織物の歴史は古いが、紙の歴史は新しい。 5~6世紀にならないと出てこない。 そもそも書く文字が無かったんだから。 それ以前は縄文字を使ってた。
317 : 天之御名無主2015/03/16(月) 17:30:50 ID:
>>1
太古のえらあい人が住んだ所が起源だったりはせんの?
318 : 天之御名無主2015/03/19(木) 09:15:34 ID:
>>317あるような気はスル
教えてエライ人
319 : 天之御名無主2015/03/21(土) 15:48:53 ID:
秦と書いてハタ。
海と書いてハタ。ワ(ハ)タ。
海部はアマベでありハタベ(ハタの民)

我が国の大姓の渡辺。
光源氏のモデルとも言われる皇子から親籍降下なさった源融の
その孫の源綱が母方の渡来系豪族が盤踞した淀川下流域(〜瀬戸内海)の水運利権を継承相続し掌握して渡辺氏を名乗る。
ワタナベ。ワタは海。ナは国。べは民。=海部。秦部

ハタの本宗家ならびに部民等は神話に言うスサノオに観念された勢力か?
321 : 天之御名無主2015/03/31(火) 23:10:18 ID:
神社に使われる社造は、もともとは一般人向けの実用建築だって学校でならった。
社造という言葉ができた時点で本来の意味がもう失われたんだって
322 : 天之御名無主2015/04/12(日) 12:30:30 ID:
日本書紀だったかに、
ある豪族の首長の建物(御殿)の屋根には立派な千木と勝男木が乗っていたそうな。
千木と勝男木は国の大王宮殿(皇居)にのみ許された謂わば大王(天皇)の象徴の余人には許されない神聖不可侵なもの。
件の話を漏れ聴いた大王はその真偽を確かめるため御出座しに成られて、
現地に至りなるほど千木と勝男木の乗る立派な建物を目の当たりにされて、、、
すったもんだが有りました?
323 : 天之御名無主2015/04/14(火) 03:13:15 ID:
もっと神道的洗練されてない、プリミティブな神社はもうないんだろうなあ。
324 : 天之御名無主2015/04/14(火) 23:57:16 ID:
それこそ磐座とか神木とかだろうな。
325 : 天之御名無主2015/04/15(水) 02:02:12 ID:
>>323
沖縄、八重山では現役
326 : 天之御名無主2015/04/15(水) 08:54:34 ID:
いまでも磐座の前に地蔵堂程度の小さな社を見かけたりするけど
これが

こうなって

こうなったとか
327 : 天之御名無主2015/04/24(金) 02:30:10 ID:
起源は太古のお偉いさんの住まい
330 : 天之御名無主2015/05/09(土) 17:54:36 ID:
高良山の周りは、神籠石と言う巨岩で山が囲われている。
333 : 天之御名無主2015/05/27(水) 23:54:50 ID:
神社って、もともと交易場所のような人が集まる場所に出来たのかな
外国だとバザール、市が立っているところ

仏教のお寺やイスラムのモスクは敷地を塀で囲み門前町が出来る、
キリスト教会は建物だけで、収容人数を超えれば前にマルクトやセントロのような広場ができる

神社はなぜか囲いがない
334 : 天之御名無主2015/05/31(日) 23:04:49 ID:
>>333
基本的に外国の人間主体の集会宗教とは違うんだよ。
自然を畏怖し、鎮めるのが原初の目的。
だから初期の神体は山や大岩、滝などの自然そのもので集会の都合は関係ない。
祭祀のときだけ里近くに祭壇を作り、やがて里宮を常設するようになったのだろう。
336 : 天之御名無主2015/06/04(木) 12:04:22 ID:
>>323
>プリミティブな神社・・・・・・・・・
伊勢二見ヶ浦「夫婦岩」>>242や筑前糸島市志摩桜井二見ヶ浦夫婦岩のような
注連縄と鳥居だけがあり建屋のないのが、原初例の一つだろ。
岐阜県だったかの山中にも、磐に注連飾りだけのがなかったか?
337 : 天之御名無主2015/06/05(金) 23:54:50 ID:
海岸や山地にある神社が、災害を鎮めるために生まれた古神道がベースということはまあ解る
けど、平野部にある神社は何を思ってそこに作られたんだ?
338 : 天之御名無主2015/06/06(土) 00:45:13 ID:
日本は山がちで集落は湖辺や川辺とかにできる。地震も台風も多発する。
神の荒魂たる自然の猛威を鎮める理屈はどこでも成り立つだろう。
あと豊作や豊漁を祈願して神を祀るとかそんな感じか。
339 : 天之御名無主2015/06/23(火) 15:10:30 ID:
雨乞いが多いだろうな。 土葬の集積所=古墳後
340 : 天之御名無主2015/06/23(火) 15:32:16 ID:
>>337
古神道は災害だけじゃなく、もっと身近な普段の生活から生まれたものも多い

巨石ひとつとっても、雨乞いの水石や安産を願う子持ち岩、
カサ神(かさぶたのこと。イボなど出来物全般を直す)、おこり神(さわると熱病を直す)など
科学の無い時代には日々の願いを託す身近な対象だった
341 : 天之御名無主2015/07/17(金) 11:31:03 ID:
>>337 嵐、水害、火災、戦 色々あらーな。
342 : 天之御名無主2015/07/17(金) 11:32:23 ID:
>>337 病気治療の為の祈り、薬草、教育等も有っただろうな。
343 : 天之御名無主2015/07/17(金) 23:43:48 ID:
>>337
人が集まるところだったんでしょ。
交通の要衝で市、バザールが立っていた。
344 : 天之御名無主2015/08/07(金) 04:24:11 ID:
>>303
穂日(千家)の渡来出雲族が伝える「古事記上巻系譜」
の下に・・

古代出雲王朝ゆかりの地を訪ねて 大和葛城地方へ移住した出雲王家の人々 その1 - アウトドアライフの記録

古代出雲王朝系図
※斉木雲州著 「出雲と大和のあけぼの」 大元出版より

出雲王家と親族と言う系譜画像写真が参考。
※名前の頭の番号が、今、分って居る、その時代の主王だった神門臣家と向家2交代王朝制度の順番です。

穂日(千家)の渡来出雲族が伝える「古事記上巻系譜」では・・
・建速須佐之男命−八島士奴美神(八島篠)−布波能母遅久奴須奴神(布葉之文字巧為)−?深淵之水夜礼花神−淤美豆奴神−?天之冬衣神−大国主神−?鳥鳴海神−?国忍富神−?速甕之多気佐波夜遅奴美神−?甕主彦・・

向家・富家が伝える系譜は・・
諏訪家の祖、建御名方は、向家の祖、八重波津身(事代主)の子神。(鳥鳴海とは、異母兄弟。)

・御中主命=国常立命(クナト大神)
向家・富家
クナト大神−八島篠−布葉之文字巧為−?深淵之水夜礼花−淤美豆奴−?天之冬衣−八重波津身(事代主)−?鳥鳴海−?国忍富−?田干岸円味−?布忍富取成身−?簸張大科戸箕−弩美宿祢−飯入根

神門臣家
クナト大神−八島篠−布葉之文字巧為−
?八束水臣津野−赤衾伊努意保須美比古佐倭気−?八千矛(大穴持・大国主)−伊佐我(伊佐波)・阿遅須枳高日子−鹽冶毘古能−?速甕之建沢谷地乃身−?甕主彦−?身櫓浪−?遠津山崎帯(佐比祢足尼?)−?振根=倭健(日本武)?−伊賀曽熊(鹽手?)の子↓
建部(武部)・斯摩宿禰=志摩(島津)国造家(島(志摩)氏)・・島氏−島谷氏(散自出雲族?))

宗像家
クナト大神−八島篠−布葉之文字巧為−?八束水臣津野−吾田片隅−田心姫・多岐津姫・市杵島姫(宗像3女神。)
※田心姫は、向家の天之冬衣の后(八重波津身=事代主神の母神。)で、多岐津姫は、八千矛(大穴持・大国主神)の后で、市杵島姫が、饒速日(物部始祖・徐福の后。)
346 : 天之御名無主2015/09/07(月) 06:41:55 ID:
邪馬台国の雨乞と仏陀箱。
349 : 天之御名無主2015/10/12(月) 10:07:05 ID:
神社の源は偉いお人のお屋敷説はどうなった?
350 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:13:56 ID:
>>344
武内(建内)宿禰(葛城宿禰)=斯摩(島・志摩)宿禰(千熊長彦)
>>329
厳密には、武内宿禰筋の裔、紀氏の長男筋で
二男、巨勢氏、三男、紀角(角氏)、四男、司馬宿禰(蘇我氏)(蘇我馬子=島大臣)・・
武内宿禰が斯摩宿禰=志摩(島津)国造家の島氏で、後の蘇我氏の蘇我馬子も島を名乗って、島大臣。
厳密には、武内宿禰の子、葛城襲津彦も斯摩を名乗って居る。
351 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:18:12 ID:
だから、神代系譜上では
神門(出雲)振根の子、神門伊賀曽熊、伊賀曽熊の子に、建部(武部)氏と末の弟に、出雲笠夜の島津国造家の島氏と成っている。
352 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:20:47 ID:
神門(出雲)振根=倭健(日本武)時の皇族に籍入れをして、崇神帝に刃向った神門振根では、不味いので
父を日本武と改名した。
353 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:22:26 ID:
>>352追記。
その御名代として記されたのが、武部氏。
354 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:25:43 ID:
神道が伝える日本武の蝦夷征伐に代表される等の逸話は、童話の桃太郎伝説の吉備津彦等の史実、四道将軍のエピソード。
355 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:30:12 ID:
>>354
その、四道将軍の1人、大彦の子の武渟川別が崇神帝の命令で、西出雲を襲撃し、打ち取られたのが、西出雲・旧出雲大社(杵築大社)司祭だった神門(出雲)振根。
356 : 天之御名無主2015/10/13(火) 01:36:25 ID:
その、神門臣家の神門(出雲)振根の祖が、八千矛(大穴持・大国主)で、八千矛は、クナト(国常立)大神=イザナギから8代目とされている。
358 : 天之御名無主2015/11/26(木) 03:33:41 ID:
自然崇拝のアニミズムによる岩や木が元
359 : 天之御名無主2015/12/07(月) 21:07:23 ID:
建築様式から見てインドから東南アジアを通って来ましたね
数家族から成る一部族が住む大屋根家屋がその起源です
当に社に集う社中ですねw
何かの際に新しい大屋根家屋に移住すると先祖の住んで居た旧来の大屋根家屋が神社となりました

引用元:https://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/min/1287641496/l1000